シルフィ、街を消し飛ばす
子供は別の子供にこう言った。
「そこは僕が日向ぼっこしようとしていた場所だ」
その光景は、地上における簒奪の写し絵だった。
「それは誰の言葉だ?」
砂上で日向ぼっこをしているシルフィに、ノームは問う。
先ほど町で買ってきたヤシの実を割り、その半分を彼女に渡しながら。
「昔の数学者」
シルフィはヤシの実を受け取り、その果汁で乾いた喉を潤した。
――ディオリスシア市
――ネメスたちが昼食を取っていた時間から、ちょうど24時間前
「それにしても、雨を降らせるとはどんな風の吹き回しだ? 町では恵みの雨だなんだと、人族が馬鹿騒ぎをしていたぞ」
それを聞き、シルフィはふふっと微笑む。
「まあ、たまにはね。それより、買い出しに行ってくれてありがとう。喉が渇いて死にそうだったんだ」
「お前に死なれると困る。俺の悲願の成就の為にもな……」
ノームがそう言うのを聞くと、シルフィはぐっと上体を起こした。
椅子にもたれ、眼下に広がるディオリスシア市を見下ろす。
「綺麗な町だね」
「醜い町だ」
シルフィとノームは、暫くディオリスシアの町を見下ろしていた。
雨が降ってから一時間、人々は久々の天の恵みに歌って踊っての騒ぎようだ。
その雨の主は、瞼を閉じ、遠くに聞こえる人々の歌を静かに聴いている。
「ねえノーム。なぜこの世界の神様は私たちを殺そうとしているのかな」
彼女の問いに、ノームは低い声音で答える。
「憎んでいるのか、さもなければ嫌っているのか……。どちらにせよ、ろくでもない理由に決まっている」
たぶん、憎んでも嫌ってもいない。
シルフィはそう呟いて立ち上がった。
「ある王様曰く、人間は神様にとって虫けらのような存在らしい。気紛れな悪戯っ子が丁度目についた虫を殺すように、神様はただただ退屈凌ぎに人間を殺しているだけだ。と、彼は言った」
天高く、歪んだ空に手を翳す。
積乱雲が避けていき、その向こうに灼熱の太陽が顔を見せた。
シルフィは太陽レンズを見つめ、虫眼鏡で蟻を焼く子供のように無邪気に笑う。
「神様がそんななら……私の罪もきっと、悪戯っ子の遊びくらいには軽いはずだよね」
刹那、眼下のディオリスシア市が白く発光した。
レンズが収束し、焦点が定まっていく。
そして、次の瞬間には激しい爆発が街を完全に粉砕した。
荒れ狂う風が砂を巻き上げ、街だったものの破片を吹き飛ばしていく。
三秒ほどして、辺りに静寂が戻って来た。
熱波の余韻を感じながら、シルフィとノームは街だったものを見下ろす。
「これはどういう原理だ……!? 前にウンディーネに使った時とはまるで別ものじゃないか……!」
驚くノームの声音にシルフィは嬉しそうに答える。
「水蒸気爆発だよ。私、さっき雨を降らせたよね……? 水は蒸発すると体積が1700倍に膨れあがる。それを一瞬で、あの雨の量でやると街を一つ消し去れる。どうかな? 私なりに改良してみたつもりだけど」
更地になったディオリスシアを見下ろし、それから太陽レンズが解けて行くのを見上げ、ノームは息を呑んだ。
「凄まじい……。これを使えば勇者シアンなど恐れるに足らん……」
「ふふ、気に入ってくれてなによりだよ。それと話しは変わるけど、人族への死々繰の輸出は取りやめることにしたんだ」
「死々繰を……? 俺は初めから人族に使わせることには反対だったからいいが、何故だ? 状況が変わったのか?」
シルフィは椅子に腰を下ろし、ゆったりと本を開いた。
「時間はかかったけど、勇者シアンを使って魔王ネメスの原始術式を引き出すことには成功した。元より相手の手札を覗き見るための策だったからね。外交としての死々繰計画は、もう用済みなんだ」
「よく分からんが……これで勇者は死々繰出来なくなったということか?」
「そういうこと」
消滅した都市を見下ろし、本のページを捲る。
死々繰を失ったシアンは今、以前のようにレベリングすることが出来ない。
圧倒的な力に物を言わせた戦い方、それが彼女の持ち味だったようだが、これからは以前と同じようには戦えない。
元よりシルフィは勇者を問題視していなかった。
それより厄介なのは魔王ネメスのほうだ。
手札をひた隠しにし、仲間にすら自らの計画を打ち明けない。
その徹底徹尾自らの目的の為だけに動く姿勢は、外部から切り崩すには困難を極める。
「だけど、ある程度ネメスの目的と手段には目処が付いてきた。さあ、ここからは私たちも上手くやっていこう。役者として舞台に立つときだ」
「ああ、俺はとっくにそのつもりでいたが」
ノームはそう言って、立ち上がったシルフィの横に並ぶ。
それから、ふとディオリスシアの街を見て思ったことを呟いた。
「なぜ、あの街を消し飛ばしたんだ?」
その問いに、シルフィはうんと伸びをしながら答える。
「たぶん、噂を聞き付けた魔王ネメスはこの街を見に来る。噂が広がれば勇者シアンもやって来るかもしれない。時間を稼ぐには持ってこいかなって」
そう言ってにこりと笑うシルフィに、ノームは肩を竦めた。
「お前の策謀には恐れすら抱く」
「魔王ネメスも恐れたほうがいいよ」
そう言って、二人はネヴィリオを目指して歩き始めた。
四章のサブタイトルを変更しました(2021/5/13 18:41)




