魔王ちゃん、衣替えをする
あれから二時間、魔王ちゃんとサキュバスちゃんは少し遅めの昼食を取っている。
「ねえサキュバスちゃん……」
「なあにー? 魔王ちゃんー?」
顔を真っ赤にしてもじもじする魔王ちゃんに対して、サキュバスはニヤニヤと、テーブル越しに彼女の姿を眺めている。
「うぅ……ねえ、本当にこの服着なきゃダメ……? 恥ずかしいよぉ……」
「私に布地の多い服を着せるんだからー、魔王ちゃんはいつもより大胆な服を着るのが筋ってもんでしょー? それに、これでもかなり妥協したんだけどねー?」
サキュバスの発言に、魔王ちゃんは適切な反論が思い浮かばず、口をつぐんだ。
サキュバスが今着ている服はキトンだ。
自由の女神とか、ギリシャ彫刻の服装を思い浮かべれば、概ねキトンの見た目の雰囲気は掴めるだろう。
ゆったりとしたラフめな構造に、さらりとした亜麻布の触感。
着心地としては動きやすく、カラっと渇いた感じがして、着ていて気持ちがいい。
この辺りではよく見かける服装だし、そう目立つこともないだろう。
対して魔王ちゃんは腰の辺りまで大胆にスリットの入ったチャイナドレスだ。
胸の辺りが大きく開き、かなり人目を惹く。
スリットと胸元の構造のお陰で風通しはいいが、歩くと……いや、歩かなくとも太ももの付け根まで露出している。
胸元も無いものを強調し過ぎて物凄く恥ずかしい。
「こんなのあんまりだよ……」
「ふーん? 魔王ちゃんがチャイナドレス嫌なら、別にバニースーツでも良かったんだよー?」
「そうやってどんどん露出を多くしようとする……!! まあ、でもサキュバスちゃんのいつもの格好よりは目立たないし、しばらくはこれでいいか……」
「うふふー、こうやって徐々に慣れさせていくのがサキュバス流なんだよねー」
サキュバスの楽しげな視線に顔を逸らすと、魔王ちゃんは店のガラス越しに一人の魔族と目が合った。
白い椅子を路上に引きずり、左手には本を携えた、異様な痩躯の少女。
緑色の柔らかい髪を風にたなびかせ、どろりと濁った赤い瞳でこちらを見つめている。
少女はそっと微笑むと、そのまま路地裏へと消えて行ってしまった。
咄嗟のことで鑑定は発動出来なかったが、変わった雰囲気を纏った少女だった。
彼女の後に続く男も、こちらを振り返ると、そのまま路地裏へと消えて行った。
「魔王ちゃん、どうしたのー?」
「え、あぁうん……。なんでもないけど……」
なぜだか、少女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
ぼーっとテーブルの上を眺めていると、ふと、後ろの席の男たちの会話が耳に入った。
「おい、嘘だろ……。南区のディオリスシア市が消滅したって……」
「は、おいその新聞ちょっと見せろよ! ……マジかよ? これ……」
男たちの不穏な言葉に、魔王ちゃんは思わず振り返った。
<<ディオリスシア市、謎の光により爆発炎上 生存者、ゼロ名>>
男が読んでいた新聞の見出し。
一瞬しか視界に映らなかったが……確かに、その文字列だけは読み取れた。
「付近にいた旅人が見たんだとよ。一瞬、町が白く発光して、次の瞬間には全てが消し飛んだって……」
「魔物の仕業か……? だけど、この辺りでそんな大規模な攻撃魔法を発動出来る魔物なんていないよな?」
「せいぜいファイアドラゴンくらいだが……」
男たちの会話に、魔王ちゃんはサキュバスと目を合わせた。
「行ってみるー? 魔王ちゃんー」
「そうだね。一応確かめてみないと……」
白い光。
一瞬にして消滅した街。
緑色の髪の、濁った瞳の少女。
「嫌な予感がする……」
このテリトリーは、何かがおかしい。




