サキュバスちゃん、ストーカーには気を付けようと思う
対勇者戦術には最高位破戒式の扱いが重要になる。
レベル――つまり体内魔力量の高い勇者シアンには、通常攻撃による削りが大した脅威にはなり得ない。
どかんとデカい一撃で、一度に50以上のダメージを与えることが重要だ。
「でも最高位破戒式はそんなに種類が多くない。だから、あまり手の内は明かしたくなかったんだよね」
魔王ちゃんはテーブル上の紙面に木炭で文字を連ねていく。
急造の魔王城は床がいびつなせいでテーブルががたつくが、今はそんな贅沢を言っていられる状況ではない。
魔王ちゃんはパルパ半島のテトの街で演説し、民衆を扇動し大きな騒ぎを起こして来た。
今までとは状況が大きく違うのだ。
勇者シアンの勢力もより執拗にこちらの居場所を探して回るはず。
だから魔王ちゃんたちは一刻も早く態勢を立て直し、勇者シアンへの対策を練らなければならない。
サキュバスは魔王ちゃんの横から、紙面上の文字を覗き込んだ。
魔法の進行方向を逆転させる「反転術式」
サキュバスと銀翼竜をまとめて消し飛ばせる威力の「爆破術式」
現象を再現する「再演術式」
銀翼竜に対して使用した「静止術式」
そして、先日使った「徴収術式」。
魔王ネメス、レベル×××――
勇者シアンは鑑定によって認識したネメスのステータスに驚きを隠せずにいた。
ステータスの隠匿情報化は大した問題ではない。
一時的に隠すくらいなら、魔王や勇者にとって大した労力ではないのだから。
ただ、彼女が見たネメスのステータスは「×××」と表示されていた。
つまり、三桁台に到達していたのだ。
「そのカラクリが、私の使った徴収術式……。テリトリー一帯から魔力を徴収して、私のものにすることが出来る。私が最後までとっておこうとしていた切り札の破戒式」
その説明にサキュバスは首を傾げた。
「でも、今の魔王ちゃんからはそんなに膨大な魔力量は感じられないけどー?」
サキュバスの言葉に頷き、ネメスはその仕組みを図解する。
この破戒式の適用範囲はテリトリー一つぶん。
そして、この魔力徴収はあくまで"税"でしかない。
王として、民から集めた魔力は最終的に民へと還元される。
つまり、使わなかったぶんの魔力は全て、元の場所へと帰っていくのだ。
「だからずっと持ち続けることが出来ない、一時的なパワーアップ策でしかないんだよ。それに、拒否された相手からは徴収できないしね」
「強力だけど万能ではないってわけだー。弱点があるからこそ、そこを見抜かれる可能性があるからあまり使わずにいたんだねー?」
「仮に弱点がなくても無闇やたらとは使わないよ。どれだけ強くても、対策されたら意味がないからね」
テリトリー内の魔物から徴収する以上、その魔物たちを駆除されてしまえば徴収のしようがない。
だから、最強無敵の完全術式というわけにはいかないわけだ。
対策されれば潰される。
何事も完璧なんて存在しない。
「だけど、それは勇者ちゃんにも同じことが言えると思ってる。私と勇者ちゃんの違いは、そこに驕りがあるかどうか。力いっぱいに暴れて回って、たくさん邪魔もされたけど……私、確実に前には進んでるから……」
手を翳してテーブルから紙を消滅させ、魔王ちゃんはサキュバスのほうへと顔を上げる。
「なんでここまで話したか分かる? サキュバスちゃん」
その問いに、サキュバスは呆れたように肩を竦めた。
「ここまでなら話しても問題ないって判断したからでしょー? まったく、魔王ちゃんは臆病なんだからー」
しかしその臆病も、ポジティブに言い換えれば「慎重」とも取れる。
普段の言動から忘れがちだが、魔王ちゃんは意外と策士だ。
「とは言っても、千里眼とか盗聴なんてそうそう使える人いないわけだし、やっぱり心配しすぎだよー」
「でもキュピス諸島での最終決戦は覗き見してる人いたよ?」
魔王ちゃんの言葉に、サキュバスは引き攣った笑みを浮かべる。
「え、それマジ魔王ちゃん―?」
「マジだよサキュバスちゃん。甲冑の人、強いって言ったでしょ? 高位索敵技能の真眼持ちだったみたい」
それを聞き、サキュバスは考えを改めることにした。
そういえばこんな法則を聞いたことがある。
"失敗する可能性のあるものは、失敗する"
有名なユーモアだが、魔王ちゃんといると確かにそんな風に思えてくる。
魔王ちゃんはもしかしたら、持ち前の運と間の悪さを、策と慎重さでなんとか相殺して生きてきたのかもしれない。
「私もストーカーには気を付けよって思ったよー」
言っていて気付く。
そういえば魔王ちゃんにも熱烈なストーカーがいることに。
「あー、そういうこと……。魔王ちゃん、シアン対策がんばろーねー」
「サキュバスちゃん、なんか今嫌なこと考えてた……?」
なにやら寒気を感じたような仕草の魔王ちゃんにサキュバスはニヤニヤと笑う。
「魔王ちゃんは私が守るから大丈夫だよー!」




