ネヴィリオ自治区周辺砂漠地帯
魔王ちゃんは岩陰で木箱を開きながら額の汗を拭った。
――黒のテリトリー
――ネヴィリオ自治区周辺砂漠地帯
「魔王ちゃんー! ここ暑いよぉー!! やだー! もっと涼しいとこがいーいー!!」
「夜になったら極寒だよ」
「ああああああゃだぁあああ!! キュピス諸島の気持ちいい気候のほうが好きなのぉおー!!!」
「駄々こねないでサキュバスちゃん。ここにもいいとこ沢山あるから……」
魔王ちゃんの頭上で珍しく駄々をこねるサキュバス。
角を握られながら黙々と木箱を開け、雷トカゲや大型ワームたちをダンジョン内に押し込んでいく魔王ちゃん。
この草木のまばらな一面のベージュ色に、魔王ちゃんたちは新たな魔王城の建築作業を進めていた。
通常、砂漠と言われると一面の砂丘を想像するだろう。
だが、実際の砂漠の八割は剥き出しの岩盤だ。
魔族は基本的に日光に弱い。
特にここ、赤道直下のネヴィリオは直射日光が猛烈に激しく、魔族にとっては極めて過酷な環境だ。
だから、大抵の魔物は地下のダンジョンに生息し、昼間は洞穴の奥で眠って暮らしている。
ダンジョンの多くには穴を掘った主、ダンジョンボスがいるもので、それ以外の魔物は単なる同居人。
今回は運が良いことにダンジョンボスが使わなくなった空き家をすぐに見つけられたので、ありがたくこのダンジョンを使わせてもらうことにした。
「それにしても魔王ちゃん、次の拠点が灼熱地獄の砂漠だなんて聞いてないよー……」
「サキュバスちゃん、そんなに暑いの苦手なの?」
「苦手だよー!! だって暑いもんー!!」
ネメスは訝しげにサキュバスの格好を確認する。
異様に露出の多い服装に、それほど長くないもない髪。
肌の露出が多い分かなり涼しそうな格好だが……。
「サキュバスちゃん、いつも露出激しいから暑いとか寒いとか気にしないと思ってたよ」
「暑いの嫌いだからこの格好なんだけどねー!!!!!」
若干キレ気味のサキュバス。
対する魔王ちゃんも暑いのが得意というわけでもないので、二人とも少しだけ空気がギスギスしている。
「仕方がないでしょ……。次はこの街以外に選択肢が無かったんだから……」
キュピス諸島での一件。
あれから魔王ちゃんとサキュバスは各地の転移盤を使ってこの街までやって来た。
しかし、この方法には致命的な弱点がある。
転移盤は日に三度しか使えず、転移先は隣接するテリトリーに限られている。
故に、転移盤を用いた移動はチェーンを繋いでいくようなものだ。
どの転移盤を使ったのかが判明すれば芋づる式に足がついてしまう。
そこでサキュバスの権能を使って各地の神父や周辺住民から、不都合な記憶を消去しておいた。
二人を見た者はその記憶を失い、転移盤の使用回数についてもあやふやで、キュピス諸島からここまでの足取りを辿ることは困難を極めるだろう。
そんなわけで、追っ手の心配はないはず。
この街に着いた時も、教会の神父や目撃者の記憶は全て消去しておいた。
唯一懸念事項があるとすれば、サキュバスの真我乖離は対象のレベルが高ければ高いほど、弄れる認識や辿れる記憶に制限がかかってしまうという点だ。
レベル15を超えると完全な記憶の操作は難しくなる。
勇者シアン相手にも、ちょっとした幻覚を見せるのが関の山だった。
魔王ちゃんたちはネヴィリオ自治区から銀翼竜の背に乗って移動してきた。
レベル15以上の目撃者がいると少し話は厄介になるが、人族のほとんどはレベル10を超えられない。
「サキュバスちゃん、一応この街の人たちの記憶から空を飛ぶ銀翼竜の記憶は消したんだよね?」
「うん、とくにレベルの高いひとは居なかったと思うけどー」
「それならいいや。ありがとね、サキュバスちゃん!」
ひとまず、逃げ切ることには成功した。
「ネヴィリオ自治区での魔王活動、頑張らないとね」




