第一次大攻防戦 その三
地下空間に火花が爆ぜる。
圧倒的な力によってのみ実現される暴力的な刃の嵐、それに対して緻密にして繊細、計算され尽くした流麗なる剣技の流れ。
その戦い方は極端なまでに対照的だ。
究極まで高められた力と極限まで突き詰められた神業。
その両極端が互いにしのぎを削り合い、この地下空間に地獄の様相を呈している。
(ッ――!!)
油断すれば斬られる。
瞬きひとつが命取り。
この場にあって、命の価値は互いの刃の薄さと同じ。
「は――ッ!!」
刹那の中に無数の死が潜んでいる。
生きることそのものが綱渡り。
「くッ」
爆ぜる火花を瞳に宿して、刃の向こうの首元へと、必死に喰らいつく。
シアンは目の前の魔物の剣技と執念に畏怖の念を抱き
サキュバスは削られていく自らの魔力量に焦りを感じている。
勇者シアン、レベル948――
夢魔サキュバス、レベル7――
勇者シアンは極限まで加速した剣技によってサキュバスの意識の綻びを斬ろうと試みた。
対するサキュバスは自らの意識を加速することによって、逆にシアンの意識の綻びを切断した。
剣技による優劣は既に決まっている。
しかし、その技量を上回るだけの命のストックが勇者シアンには備わっている。
(勝てない……!!)
サキュバスはシアンの一撃を剣で弾き、衝撃で折れた腕を即座に回復する。
夢魔サキュバス、レベル6――
(くそ……!!!)
意識を加速し時間を止める。
目の前の怪物の次の動きは完全に読めている。
だけど、シアンの次の一撃も躱せない。
夢魔サキュバス、レベル5――
刃を受け流し、反動で壊れた肩を再生する。
(負けたくない……)
サキュバスは、夢を司る悪魔だ。
情報を集めることは得意だけれど、非力でレベルも低く戦闘に有利な魔法はほとんど使えない。
『ねえ、あなた。なんでそんなにつまらなそうな顔をしているの?』
黒い巻き角の魔物がそんなことを聞いてきた。
そんなこと、どうせ言っても理解されないだろう。
(分かるんだよ、全部……)
人の意識を介在して、その人生の全てを覗き見ることが出来る。
知りたいことも、知りたくないことも全部分かる。
羨ましいなー。
それって人生らくちんじゃん。
苦労とか全然しないでしょ?
(うん、そうだね)
よく言われたものだ。
実際、生きていて"知らないこと"で困ったことは一度もない。
だけど……
『そりゃあつまらないよねー。だって、全部分かるんだもん。これ以上何かすることあるー?』
どれくらいの努力で何が出来るようになるのか、どの知識が何に役立つのか、大抵のことは他人の記憶から盗んで知っている。
先が分かっていることを、他人が既にやっていることを、自分で再現したところで「だから、なに?」としか思わない。
世の中全部分かり切ってる。
一番ラクな生き方も知ってる。
だけど、すごく退屈だ。
何かが出来るようになっても、特に感動はない。
前に見た記憶の通りだなと思うだけだ。
だから、自分が生まれてきた意味が分からなかった。
世の中のほとんどのことは他の人がやってくれている。
だったら、自分は何をすればいい……?
『じゃあさ、私に付き合ってみない……? あなたの力が必要なの。凄く凄くすごくすごく、大変なことなんだけど……。どうせ暇なんでしょ?』
面倒だな。
それが最初の感想だった。
だけど、次の瞬間にはその気持ちは変わっていた。
(全く心が読めない奴に会ったの、魔王ちゃんが初めてだったからね……)
世界で初めて、この世界に知らないことがあることを知った。
そして、誰も成し得たことがないことがあるということも。
『私はね、この世界の決まりごとを破壊するの。みんなが悲しい世界を、みんなが殺しあう世界を、真っ向から否定したいの。どう? 誰もやったことないし、やり方も分からないでしょ? 面白そうだと思わない? わくわくしてこない?』
きっと、そんな世界を作れたら、サキュバスちゃんにも生まれてきた意味が分かると思うの。
(随分とデカいこと言うよね、魔王ちゃんは……)
目の前の敵が袈裟斬りに豪鉄を振り下ろす。
それをやり過ごし、痛む手首を回復する。
夢魔サキュバス、レベル4――
『ふーん。ま、いいよ……。少しだったら、手伝ってあげるー。つまんなかったらすぐやめるけどねー』
『やった! えへへ……じゃあ、あなたが私の最初の仲間だね!!』
魔王軍幹部序列一位。
その名前の意味するところは、魔王軍に自分一人しか幹部がいなかったというだけの話だった。
まるでごっこ遊びだ。
つまらなかったらやめる、なんて言ったけど、結局こんなところまで付き合って……
夢魔サキュバス、レベル3――
「ッ!!!」
こんなに命張って、きっとあの時の自分に今の自分の姿を見せたら、全く理解されないと思う。
だけど……
「なッ――!!!」
レイピアがシアンの両腕を薙いだ。
返す刃で心臓を突いて続けざまに胸へと拳を叩き込む。
「見ててよ魔王ちゃん……!!!」
拳を叩き込まれた肺からは一気に呼吸が漏れる。
その一瞬、回復の呪文は口に出せない。
最初は全く意味を成さない肩書だった。
だけど魔王ちゃんと一緒に夢を見るために、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……
戦うための技術を磨いて来た。
自分にもできることを、ただただ、ひたすらに……。
「これが私に出来る精一杯……!!」
両手の剣に全身全霊の力を込める。
「これが……魔王軍幹部序列一位の力だぁッッッ!!!」
魔王ちゃんが、私に生まれてきた意味を与えてくれたから……。
喉元へと叩き込んだレイピアが光の壁に阻まれる。
スペルを使えず両腕を失ったとなれば剣技も魔法も使えないはず。
(スキルスロットから発動した防御スキルか……ッ!!)
「……回復」
シアンは両腕を再生し、剣を握り光の壁越しにサキュバスを睨む。
「負けられないのは……こちらも同じだ……」
互いの歯軋りが嫌にはっきりと鼓膜を揺らした。
勇者シアン、レベル935――
夢魔サキュバス、レベル3――
「今の一撃で目が覚めたぞ」
紅い瞳がそう呟いた。
「私にも生きる意味はある。削りあおう、その意味を……」




