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第一次大攻防戦 その一

 閃光。


 鉄が鉄を砕き、次の瞬間、刃が赤く染まる。


 斬り払われた右腕は即座に修復し、無から生み出された白銀のランスが目前に迫る怪物を牽制する。


 ――黒のテリトリー、キュピス諸島

 ――本島地下、魔王城第三階層

 ――竜の間前


 ()()()()()()


 聖剣にこびりついた血糊を払い、勇者シアンは目前の夢魔を見据える。


 今の一撃でレベル35へと低下したが、依然として動きのキレは鈍らない。

 むしろこちらを読んで徐々に冴えてきているようにさえ思える。


 金属音。


 試しに叩き込んだ剣の一撃は軽くあしらわれ、敵はカウンターの刺突を放ってくる。

 それを回避し二つめの斬撃を斬り込めば敵は地を蹴って刃を眼下に見下す。


 空中で放たれたとび膝蹴りをガードし振り払おうとした瞬間、その魔物は自発的に魔力放出を行い後方へと退いた。


 夢魔サキュバス、レベル34――


 この間、僅かコンマ二秒。


(レベル30台の動きとは思えないな……)


 この魔物は勇者シアンの攻撃を全て先読みし、常に最善解を以て対処している。


 二人のレベルの差はおおよそ960程度……。

 その圧倒的なレベルの差を、極限まで研ぎ澄まされた瞬発力と、尋常ではない判断力によって埋め合わせている。


 しかし、その戦い方は綱渡りだ。

 精神力が常に一定に保たれる道理はどこにもない。

 どんな達人にも意識の揺らぎは存在する。


 シアンはサキュバスとの距離を詰め怒涛の連撃を叩き込む。


 考える暇など与えない。

 一瞬の隙もなく、高密度の連撃を撃ち放ち続ける。


 この速度は無意識と直感の領域だ。

 そして、無意識と直感には必ず綻びが生まれる。


 夢魔サキュバス、レベル32――


 シアンの一撃はレベル999相当の打撃力が込められている。

 この無数の打撃を、最低限のダメージでやり過ごす目の前の魔物の技量には心底感服する。


 しかし、技量があったところで圧倒的なレベルの差は埋まらない。


 このまま防戦一方で徐々に削り殺されるか、それとも意識の綻びと共に一撃のもとに切断されるか……。

 そのどちらか


「甘いねー」


 腕が飛んだ。


 聖剣が無い。


「そんな甘い考えで倒せると本気で思ってたー?」


 目の前にはレイピアを構える魔物の姿。


「ッ!? かいふk(ヒー)――!!」


「させると思うー?」


 シアンがヒールを唱え咄嗟に飛び退こうとした瞬間、その魔物は同時に踏み込んでシアンの口を抑え込んできた。


(不味い……!! スペルが……!!)


「人族ってほんと不便だねー! 呪文(スペル)唱えなきゃ魔法が使えないだなんてさー?」


 シアンは力づくで強引にサキュバスを振り払い、切断された右腕を回復し、スキルスロットの武器回収を発動し聖剣を手元に呼び戻した。


「こちらが不意を突くつもりが、逆に不意を突かれるとはな……」


 無数の剣戟により相手を追い詰めるつもりが、逆にこちらの攻撃の癖を読み取られ、その隙を突いて腕を奪われた。


 この魔物、想像以上の"やり手"だ。


「レベル高いだけで調子乗って、魔王ちゃん虐めて楽しいー?」


 サキュバスはボロボロになった二本のレイピアを消滅させると、新たに二本のランスを空間から生成した。


「私、本当にあなたのこと嫌いなんだよねー。魔王ちゃんも今回ばかりは本気で行くって言ってたし、私も本気で行くねー?」


「魔物風情が……一撃上手く入れられた程度で随分思い上がったものだ。いいだろう、少し遊んでやろうと思っていたが、こちらも本気で行かせてもらう」


 シアンは聖剣を真っ直ぐに構えると、瞳に青い炎を宿す。


 空間が歪むほどの魔力を輪転させ、口元にスペルを紡いでいく。

 その呪文は音声情報として聞き取ることは出来ない。

 呪文が生まれた神代から伝わる、古の、魔法の始祖のようなものだからだ。


「ふーん。ま、見てあげるよー。さっきみたいに口を塞げばいいだけなんだけどねー?」


 サキュバスの軽口に、シアンは思わず笑みを溢した。


 神代の魔法に耐えられる魔物など存在しない。

 先ほど甘いと言われたが、その言葉、そっくりそのまま返すとしよう。


 聖剣を通して魔力を集約し、青く暴れる焔を宿す。


 この世界の理そのものを魔法として出力した原始魔法。


「死ねッッッッッ!!!」


 振り下ろした剣と共に、青き焔はサキュバスへと走る。

 そして


「言ったでしょー? 今回の魔王ちゃんは本気だってさー」


 刹那、地面が砕け淡い紫色の発光が焔を包む。


「今回は本気ってどういうことか分かるー?」


 その光景に、勇者シアンは背筋が凍った。


 原始魔法――


 サキュバスの足元に発光するそれは、先ほどシアンが放ったものと同等かそれ以上の効力を持つ神代の代物……。


 途轍もない死の気配を察知し、シアンは咄嗟に飛び退る。

 瞬間、先ほど自分が放った炎が目の前の空間を喰らい尽くした。


 サキュバスは心底見下したような瞳で、目の前の勇者に溜息を吐いた。


「今まで手加減してたってことだよ。残念だったねー? 勇者シアンちゃん?」


 シアンは奥歯を噛みサキュバスを睨む。

 どうやら、本当に相手を甘く見ていたようだ。


 立ち上がり、埃を払って剣を握り直す。

 一度慢心は捨てよう。


「人並みの危機感を抱いたのは久しぶりだ」


 依然敵とのレベルの差は950以上存在している。

 負ける道理はどこにもないが、慢心して痛い目を見るのはここまでで十分だ。


「勇者たるこの私がお前と同じ土俵に降りて戦ってやる。光栄に思え」


「降りるー? 登るの間違えでしょー?」


 サキュバスは魔法陣を消すと、二刀ランスを構えシアンと相対する。


「魔王ちゃんに酷いことする人は私が許さないから」

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『Mephisto-Walzer』

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