魔王ちゃん、情報収集
「ふぁぁ……朝…………」
朝日に瞼を擦り、砂浜に苔を敷き詰めただけの寝床から体を起こす。
大きく伸びをして、現在位置と太陽の高さから大まかな時間を計算する。
「だいたい七時くらいかな。サキュバスちゃんは……まだ帰ってきてないか」
辺りに人影は見当たらない。
たぶんまだ人の夢の中を渡り歩いているのだろう。
魔王ちゃんは昨日取っておいたヤシの実を砕いてゴーストと一緒に朝食を済ませ、髪を後ろで縛り朝の支度を済ませた。
「よし、今日は森のほうの探索だよ!!」
相変わらず独り言とは思えない声量。
魔王ちゃんは魔力で探検服を生成し、ウキウキでブーツを履き帽子を被った。
魔王ちゃんは基本的に形から入るタイプだ。この格好に何の利点があるのかは自分でもよく分かっていないし、ただちょっと可愛いから着てみたいくらいの浅い考えしか持っていない。
とはいえやること自体はしっかりと決まっている。
今日の目標は魔王城の建築場所を探すことだ。
一口に魔王城と言っても、普通の城のようなものから地下シェルターのようなものまで、その種類と機能は千差万別。
城型は大気中の魔力を効率よく取り込めるため城内に強力な魔物を配置しやすい反面、どうしても目立ってしまうという欠点がある。もちろんそこを活かして魔族全体の士気を上げるというやり方も勿論あるのだが、今回は隠れるために多島海に降り立ったため、このやり方はあまりよろしくない。
そういうわけで、今回はこの多島海の島々に手ごろなダンジョンを探すというのが第一目標だ。
一から地面に大穴を開け、そこに魔王城を建築するのは莫大な時間と魔力を浪費する。
それは勿体ないし、いずれ勇者ちゃんたちが襲い掛かってくることを考えれば魔力の無駄遣いは極力控えたい。
「というわけで、行くよっ! 無人島探索!!」
魔王ちゃんはゴーストを引き連れ、森の中へと入っていく。
鬱蒼とした南国の森林は想像以上に危険な場所だ。
魔王ちゃんは開始二秒で毒蛇に足を噛まれ、砂浜へと戻ってくることを余儀なくされた。
「サキュバスちゃん……たすけて……。痛いよ……」
砂浜で足を抱えしくしくと泣いていると、上からツノを掴まれた。
視界を上に上げると、見慣れた少女がふよふよと浮かんでいる。
「やっほー、ただいまー魔王ちゃん」
「サキュバスちゃ~ん!! さっきね、毒蛇に噛まれたの!! 凄く痛い!!」
サキュバスちゃんは何か憐れむような目を彼女へと向け、優しく頭を撫でてやる。
「うんうん。どうせ毒なんて効かないのに何を騒いでいるんだろうねー。それはそうと、色々と情報を集めてきたよー」
サキュバスの言葉に魔王ちゃんは表情を一転、瞳をきらきらと輝かせながらサキュバスに飛びつく。
「その知らせを待ってたよサキュバスちゃん! いろいろ聞かせて!」
「じゃあ一旦夢の中に行こうかー」
魔王ちゃんは少し困ったような顔で視線を下に逸らす。
「あ、あはは……さっきまで熟睡してたからちょっと眠れそうにないかな……」
「うんうん、大丈夫だよー。それっ」
サキュバスちゃんは魔王ちゃんの後頭部に手刀を下ろし、それと同時に視界が暗転する。
暗い夜の空の上から、地上にはぽつぽつと灯りが見える。
「サキュバスちゃん酷いよ!! もっと優しくしてくれてもいいのに!!」
「ちゃんと眠れるようにしといてねって言ったのに、魔王ちゃんが無視して熟睡するからだよ」
「うぐぐ……」
魔王ちゃんとサキュバスちゃんは遥か上空からキュピス諸島を眺めている。
ここはサキュバスが人々の意識から引きずり出してきた情報を統合し、暫定的に作り上げた仮想の世界だ。
昨日のうちにおよそ一万人の脳内を渡り歩き、一万人の記憶と視覚情報を全て継ぎ接ぎして作った、"ほぼこんな感じ"という辺り一帯の再現。
「西にあるのがキュピス諸島。あっちは黒のテリトリーで、人の往来がほとんど無いからあまり再現できなかったー。東の沿岸地帯にあるのが、白のテリトリー"パルパ半島"だねー」
「じゃあ一旦パルパ半島に降りよう。主要な都市と軍事施設の紹介を優先的にお願い」
「らじゃー」
一瞬にして視界は昼間の街中へと切り替わる。
市街を行き交う人々は魔王ちゃんたちには気付かず、普段通りの営みを再現している。
「ここがパルパ半島の一番主要な港、テトの街だねー。他も大体似たような港だから省略するけど、この辺りには三つの漁港があって、軍事的にも重宝されてるみたいだよー」
「テリトリーの境界だからね。三大漁港に大きな違いは特にはないんだね?」
「そうだねー、あまり違いはないかもー」
二人は町の中を練り歩き、テトの街の状況を調査していく。
港には大量の帆船が停泊しており、魚市場には多くの人々が賑わっている。
貿易商品のオリーブ油や葡萄酒、漁船から荷下ろしされたイワシやクロマグロ……。
岸壁には大きな倉庫や役所の建物があり、この漁港が立派に栄えていることが容易に見て取れる。
「戦力も申し分なさそうだね。少し厄介かも……。でもこれだけ潤沢な能力を持ちながら、なんでキュピス諸島を取らないんだろう? あの島には高等魔族はいないと思うんだけど……」
「それがねー、魔王ちゃん意外と穴場に復活したかもしれないんだよー」
魔王ちゃんが首を傾げていると、サキュバスはこの一帯の海域についての情報を話し始めた。
キュピス諸島は潮流が激しく操船が難しい。島に入るのも出るのも困難であるため、そもそも島を取ろうという気にならない。
そして海中の脅威。
こちらは思っていたよりも好都合なことに、人族にとっては頭を抱えたくなるような魔物のレパートリーとなっている。
猛毒クラゲに地雷ヒトデ、人食いイソギンチャクに魚雷サメ……倒すこと自体は難しくないが、うっかり近付かれると危険な面子が目白押しだ。
「というわけなのさー。よかったねえ魔王ちゃん」
「でもそれって私たちも島から出れないってことじゃない……?」
魔王ちゃんの指摘にサキュバスは苦笑いを浮かべる。
いくら島が沢山あるとはいえ、今いる島から出れないのなら何の意味もない。
「魔王ちゃん……これは困ったねー」
「困ったねー、じゃないよぉ! どうしようサキュバスちゃん~!!」
復活前にはちゃんと破壊神ちゃんに確認してからにしよう。
魔王ちゃんは深く反省した。