静かな街のざわめき
「おい、あれ……」
ひとりの男が海の向こうへと人差し指を向ける。
道を行く人々は少しずつ足を止め、男の指すほうへと視線を向ける。
「なんだ? 爆発か?」
人々は港からキュピス諸島のほうを眺めている。
青い空に黒煙が立ち昇り、僅かな爆発音が鼓膜を僅かに揺らした。
商船の荷揚げ人たちの掛け声を背に、甲冑の男は真っ直ぐに島のほうへと視線を向ける。
やがてゆっくりと腕を水平に上げると、島のほうへと指を鳴らした。
真っ直ぐに、その音を届けるようにして。
「高位索敵技能、真眼――」
瞬時、甲冑の男は踵を返してギルドへと足を向けた。
(間違いない……あれは戦闘による爆発。しかも何度も連続して……)
かなりの高火力で焼かれた森、倒れた樹木、トラップのような鉄の残骸。
間違いなく、尋常ならざる者たちの戦場だ。
それも、自分たちとは明らかに次元の違う"怪物たち"の戦場……。
ギルドのほうへと向かう甲冑の男を後目に、カンナビスはニタリと笑う。
「うふふ、シアン……やっぱり今回は少しだけ……いや、かなり雲行き怪しいみたいだよ」
立ち上る黒煙。
連続する爆発音。
その向こうで何が起こっているのかカンナビスには知る由もない。
だが、彼女には卓越した戦の勘が備わっている。
人々の動作、社会の流れ、そこから生まれる空気の重さ。
それら全てをカンナビスは肌で感じ、無意識的に未来を予測する。
勘というのは周囲の状況を瞬時に汲み取り、総合的に、無意識的に分析し、即座に状況判断を下すための、全ての動物に備わった最も原始的なセンサーだ。
カンナビスはそれを最も強く信じている。
敵が理屈で動くとしても、その理屈には何らかの流れやリズムが伴っている。
敵が用意周到なほど、計画的で狡猾で手練れで、合理的なほどそのリズムは美しくなる。
カンナは両手を広げ、周囲の人々の撒き散らす心地いい雑音に口端を歪めた。
この不協和音は美しく整っている。
誰かが意図的に作り上げた動揺。
向こう岸にいる誰かが、わざと人々の心に作り出した揺らぎ。
隙。
水面に小石を投げ込んだのはきっと勇者と対となる魔物の王。
彼女と勇者の戦いには興味がある。
強者同士の力と力の削り合いは血に眠る野生を呼び起こさせるから。
だけど、今はそれ以上に面白いものが見たいのだ。
だから、カンナビスはここを動かない。
あくまで静観を貫く。
ここで何が起こるのかを、真っ直ぐに見つめるためだけに。
「ふふ……ここからどう動くのかな? 魔王ネメス……?」
騒ぎは少しずつ大きくなっていく。
キュピス諸島から立ち上る黒煙のように。
「それに、勇者シアン……」
水面に広がる静かな揺らぎを、圧倒的な力で抑え込むことは出来るのだろうか。
カンナはゆっくりと口を開く。
ねえ、シアン……?
「いま攻めの姿勢を取っているのは、むしろ魔王ネメスのほうなんだよ?」




