勇者ちゃん、上陸する
時刻は正午。
見渡す限りの大海原には数多の帆船たちが往来し、見上げる空は雲ひとつない快晴。
魔族は太陽の光を嫌う。
故に魔族の多くは夜行性であり、人族にとって夜は危険な時間帯だ。
シアンは買い付けたヨットに乗り込むと、向こうに見えるキュピス諸島を眺めた。
わざわざ奇襲の時間を真っ昼間に選択したのは、パルパ半年への万が一の被害を防ぐためだ。
戦闘が激化し火種がここまで及んだ場合、夜間の避難は混乱の元になる。
いくらシアンが圧倒的な力を持っていたとしても、住民のレベルはせいぜいが3程度なのだ。数で圧されれば守りきることは難しい。
シアンは舟を出し、パルパ半島へと振り返る。
「こんなに平和なんだ。大した戦力は整っていないだろう」
風と潮流を読み、シアンは帆を操ってキュピス諸島へと向かう。
潮流は複雑だがシアンの能力を使えば問題ない。
むしろ今問題なのは……
「はぁっ!!!」
シアンは聖剣を振り抜き海中を裂く。
瞬時、爆音と共に飛沫が舞った。
「厄介だな……」
どうやらこの辺りには大量の魚雷サメがいるらしい。
船に穴を開けられると島への上陸は難しくなる。
二匹めを潰し、三匹めを刻む。
この程度の雑魚なら相手にならない。
海中からの攻撃は視認が難しいが、シアンには魔力の揺らぎを感じとる力がある。
それを感知し未然に破壊すれば対処自体は可能。
しかし……
シアンは足元の水に眉根を寄せた。
船底から海水が入ってきている。
「爆発までは対処しきれないか……」
爆発の衝撃で船が軋んでいる。
このままでは島に上陸することは難しい。
「護衛を付けるべきだったか……」
シアンはステータス表示を視界に映し、スキルスロットから水中耐性と水中呼吸維持、水上歩行のスキルを発動する。
これで船が沈んでも自力での移動が出来るし海中戦にも対応出きる。
シアンは船を捨て、海上を徒歩で進む。
船での移動よりは遅いが魚雷サメの相手をするよりは幾分マシだ。
しばらく海上を歩いていると、足元で魔力の気配が走った。
「――!?」
刹那、足元のそれは瞬時に飛び上がり、爆発と共に何かを撒き散らした。
「状態異常を誘発する機雷か……」
撒き散らされた毒は瞳や喉の粘膜に接触し激しい痛みを発生させる。香辛料や薬草由来の毒だとは思うが、これで何もかもハッキリした。
「いるな、魔王ネメス……」
シアンは瞼を擦りながらスキルスロットから状態異常耐性と毒耐性を発動し、歩みを速める。
幾つかの爆発に巻き込まれながら最初の島へと上陸すると、ステータスを確認する。
勇者シアン、レベル997――
先程の機雷は感知することが出来なかった。
生命である魔族とは違い、トラップ系の放出魔力は微弱で感知が難しい。それを海中に潜ませ潮流で誤魔化しているとなれば尚更だ。
とはいえ削られたレベルは2つに過ぎない。
魔王ネメスの想定レベルは高く見積もって50弱。
二人の間には、依然として950程度のレベルの差が存在している。
「ふふ、せいぜい足掻け魔王ネメス……どうせ死ぬのなら、可愛くもがいてくれたほうが私は嬉しいからな……」
そう呟いた瞬間、爆音と共に視界が赤く染まった。
燃え盛る火炎の中、シアンは足元のトラップを眺める。
火炎魔法を封じ込めた剣のようなものが地面に埋めてあったらしい。無理やり剣を引き抜くと、その峰に魔王からのメッセージが刻まれているのを見つけた。
《勇者ちゃんのバーーーカ!!! 今回ばかりは絶対に殺されないからね!ざまあみろ!!!!!》
シアンは剣を打ち捨て、口端を上げた。
「今回は少しキツめのおしおきが必要かな……?」




