勇者ちゃん、最後の支度を済ませる
――翌朝
――テトの街
シアンは朝食を済ませ泊まっていた宿を出た。
キュピス諸島へ向かう予定の時刻まではまだ時間がある。
ひとまずシアンは広場のベンチに腰掛け、鑑定によって自らのステータスを表示した。
勇者シアン、レベル999――
魔力量は依然として最大値を維持、ステータス異常も特になし。
魔王ネメスを100回嬲り殺しにしてもお釣りが来るくらいのストックは用意していある。
今回も、問題無くいたぶり回して遊べるはずだ。
基本的に魔王ネメスはレベル30~50までの間をうろちょろしている。
魔王城外部にはレベル10前後の魔物が配置され、内部には10~30程度の魔物が何体か用意されていて、それが防衛の要となっているらしい。
もっとも、レベル30程度の魔物などシアンの足下にも及ばない。
せいぜい頑張ってレベル2相当のダメージを与えられれば御の字だ。
シアンはステータスの確認を終えると、テトの街を歩いていく。
(そういえば、この街には一度も来たことがなかったな……)
賑わう広場を後に、大通りを進む。
冒険者や船乗りが果物屋を物色している横を通り過ぎ、すぐ向こうのほうにやたらと長い行列を見つける。
「本日は臨時料理長はいませ~ん! みなさ~ん! 今日は臨時料理長は来ていませ~ん!!!」
看板を掲げて叫ぶ売り子に、何人かの男達が行列から抜けていく。
おそらく臨時料理長とやらの料理を目的に並んでいたのだろう、気の毒なことだ。
しかし、この街にあれだけの行列を作れる料理店があるとは知らなかった。
「昼食はあの店で食べるか」
あまり食事にこだわるほうではないが、せっかく遠方からはるばる来たのだ。
この街で一番美味しい料理を食べて、それから帰るのもたまには悪く無い。
「ネメスを殺して、その後に一番旨い食事を食べる……最高の贅沢だ」
シアンはニタリと笑い、そのまま通りを抜けて港へと出た。
天気は快晴。
さざなみがキラキラと太陽の光を反射して、その波間を縫うように帆船たちが往来している。
岸壁では荷下ろしをする男達の掛け声や馬車の駆け抜ける音が響いている。
向こうのほうに見える幾多の島々が、今回の目的地キュピス諸島。
恐らく、魔王ネメスのいる場所だ。
「うふふ、シアン~また会ったねぇ!」
後方からの声に、振り返らずに声を返す。
「カンナ……一緒に来るかと思ったんだが、別のどこかへ転移していたな。一体どこへ行っていた?」
「ちょっとね~! それはそうと、シアンはあの島に行くんだよね?」
「ああ。……お前も来るのか?」
シアンの問にカンナは心底面白そうに口端を歪める。
「ううん。私はここで観戦するとするよ~! だって……うふふ、うふふふ……!」
君の悪い笑みを浮かべるカンナビスを後目に、シアンはキュピス諸島をすっと見据える。
カンナがどんな運命を見ているのか知る由はない。
知る必要もない。
これからシアンはあの島へと渡り、魔王ネメスを殺害してここへと戻ってくる。
彼女が何を感じ取っていようと、この運命だけは決して変わらない。
いままでも、これからも……。
しかし、お遊びのつもりで彼女の勘を聞き出すのも余興としては面白い。
そう思い、シアンはカンナに問いかけた。
「カンナ、お前は何を笑っているんだ? 一体、何が面白い……?」
その問いに、カンナビスはぺろりと舌舐めずりをした。
シアンの背後に立ち、ニッと笑う。
「うふふ……運命の転換点なんだよ? 今日、この場所が。……くれぐれも注意してね、シアン!」
この世界の基盤がぐらつくような出来事が起きるかもしれないからね。
カンナはそう言って、大通りへと戻っていく。
振り返り、彼女の背後を見送ると、シアンはそっと聖剣を撫でた。
「お前の勘はいつも当たるが……今回ばかりは外れそうだな」
魔王ネメスはいつも通りにいたぶり殺す。
それだけのことだ。




