魔王ちゃん、最後の支度を済ませる
サキュバスは魚雷ザメの腹を捌き体内から爆発器官を取り出した。
キュピス諸島の周辺には魚雷ザメが多い。
船に反応して近寄っていき、自爆特攻するという迷惑極まりない下級魔族ではあるが、この存在のおかげで今までこのテリトリーは守られてきた。
いくら強くても船が沈めばキュピス諸島へは立ち入れない。
魚雷ザメはこの島々を守る防衛の要であり盾でもある。
そして、今はその魚雷ザメをトラップとして陸地で使う用意をしている。
「これと、魔王ちゃんの生成した爆薬を合わせれば……」
爆発器官に爆薬を詰めた竹筒を取り付け、ワイヤーを通してトラップを組み上げる。
サメワイヤートラップ爆弾の完成だ。
これが勇者シアンに有効だとは到底思えないのだが、今は魔王ちゃんの指示通りに動くしかない。
このワイヤートラップをさらに三つ束にしたものがひと塊。
これを大量に生産する。
さっき試しに地下でひとつ爆発させてみたのだが威力はまずまずだ。
下級の冒険者であれば一撃で消し飛ばせるくらいの戦果は期待できるはず。
ワイヤートラップの作成に勤しんでいると、向こうのほうから足音が聞こえてくる。
「ただいまサキュバスちゃん」
「おかえりー。そっちの作業は終わったの、魔王ちゃん?」
先ほどまで銀翼竜とどこかへ行っていた魔王ちゃんは、大量のロープで何かを引きずっている。
また新しい罠だろうか。
「魔王ちゃん、その引きずってるの何ー?」
「うん、これ? これはね、二連射出型強襲移動装置・アサルトバンカーだよ!!」
「えっと……前作ったやつと同じの?」
「それは対艦船用自動射出型強制移動装置・パイルバンカーだね!!」
魔王ちゃんの出す単語にサキュバスは眉根を寄せる。
さっき言っていたものとどこが違うのかよく聞き取れなかった。
「その二連……えっと……」
「二連射出型強襲移動装置・アサルトバンカー」
「それは何なの? 改良品?」
サキュバスの問いに、ネメスは二っと笑い、装置を両手に装備する。
「ふっふっふー! まあ見れば分かるよ!!」
ネメスが両手のアサルトバンカーを構えると、中心に据え付けられた槍が拘束で射出された。
槍は向こう岸の岩に突き刺さると同時、ワイヤーが巻き取られ、魔王ちゃんは高速で対岸へと移動していく。
海面すれすれを跳び二秒ほどで島と島の間を移動した彼女は、もう一度同じ手順で戻ってくる。
「こんな感じで、島と島の間を移動するのに使える!!」
「最初からそれ作ったら良かったんじゃないのー?」
「実用化するのに時間かかったんだよ。元になったパイルバンカーだって昨日出来たばっかりなんだし」
とにかく、このアサルトバンカーは高速移動用の装備ということらしい。
今まで島と島との間は銀翼竜を使用しないと往来出来なかったが、これからはサキュバスとネメスは単騎での移動が可能となる。
これによって第一から第三までの各防衛ラインを効果的に利用しながら戦えるようになった。
「これでひとまず罠と移動手段が整った。付け焼刃だけど、あとは作戦が上手く行けば……」
魔王ちゃんは海の向こうのテトの街を眺める。
サキュバスはその隣で、ワイヤー爆弾を編みながら彼女のことを見つめている。
魔王ちゃんは作戦のことをまだ教えてくれていない。
敵の斥候による盗聴魔法を恐れているのだ。
魔王ちゃんはとにかく用心に用心を重ねるタイプだ。
彼女の頭の中にある作戦は戦闘の直前に告げられる。
盗聴魔法も監視魔法もかなりの高位の魔法だ。
恐らく敵側で使える者は二人もいないはず。
それが都合よくこのテリトリーにいる可能性だってかなり低い。
しかし、慢心が身を亡ぼすことを魔王ちゃんは今までに幾度となく体験し身を以て学んでいる。
だからサキュバスは彼女が何を考えているのか全く分からない。
どんな作戦なのか全く分からずに従っている。
だけど、それでいいのだ。
サキュバスは彼女のことを信じている。
さっきは追い詰められて喚いたりもしていたが、魔王ちゃんはやるときはやる魔物だ。
「魔王ちゃん、上手く行くといいね」
サキュバスの言葉に、ネメスは彼女のほうへと視線を向ける。
優しく微笑むサキュバスに、にこりと笑い、アサルトバンカーを構える。
「今回こそは勇者ちゃんに勝つよ。それも、圧勝でね……」
きっと彼女はその言葉を実現してくれる。
だって彼女は歴史上最強の魔王であり、この世界そのものに抗う者なのだから。
ネメスはパイルバンカーをパルパ半島へ、それから天へと向けた。
「私はこの世界を燃やす青き炎を消し去りたい。人族と魔族を争わせる悪意の焔を破壊したい。だから、勇者ちゃんに構ってられるほど暇じゃない」
ネメスは半島の明かりを見据えて呟く。
「あなたは私の敵じゃないよ、勇者シアンちゃん……」
今回ばかりは、本気でいかせてもらうから。
そう言って、魔王ネメスは城のほうへと戻っていく。
勇者と魔王の戦いは、すぐ目前まで迫っている。




