サキュバスちゃん、勇者ちゃんが近付いていることを察知する
太陽が水平線に隠れ、辺りは闇夜に包まれる。
「はぁ~今日もいい一日だった! 大型ワームとガーゴイルも予定通りに繁殖してるし、あと一週間もすれば十分な防衛力が整うね、サキュバスちゃん!」
「そうだねー、このテリトリーも最初に見た時のがら空き状態とは比べ物にならないくらい賑やかになったしー」
魔王ちゃんとサキュバスちゃんは草木を掻き分け魔王城のある洞窟へとやって来た。
左右に控える鉄ゴーレムA・Bを通り過ぎ、洞窟内へと入っていく。
キュピス諸島の生態系強化は順調に進んでいる。
ここに来るまでの茂みの中で、ベーシックスライムや雷トカゲを何匹も見かけた。
大型ワームやガーゴイルも最終的な目標数の六割程度は確保出来ている。
他にも対艦船用のパイルバンカーや閃光地雷、魔物を呼び寄せる鈴を仕掛けたトラップ等、人族を無力化させる施設や装備を大量に設けている。
魔王ちゃんは基本的に、やむを得ない場合を除いては殺しを行わないようにしている。
可能な限り島に侵入した人族は殺害せずに無力化し、箱に詰めて銀翼竜でパルパ半島へと運ぶ方針で防衛拠点の設計を行っている。
もちろん、勇者ちゃんが襲ってきても対応できるよう、強力な装備を用意する必要はある。
しかし、今はまだそこまで出来る余裕がないのだ。
二人は城内へと戻ると、サキュバスちゃんは寝室のベッドにダイブした。
「サキュバスちゃん、寝るのはお風呂に入ってからだよ!」
「うーん……ちょっとだけおやすみー」
「ダメだよ!! ほら、サキュバスちゃん起きて!!」
魔王ちゃんが揺すると、サキュバスは唐突に目を見開き、魔王ちゃんのほうへと視線を向ける。
口をパクパクさせている彼女に魔王ちゃんはニヤニヤと笑う。
「どうしたのサキュバスちゃん~? そんな変な顔して驚かそうとしても通用しないからね!!」
「魔王ちゃん……私いま、ヤバイ記憶が見えた……」
サキュバスの言葉に魔王ちゃんは真顔に戻る。
サキュバスは人の意識を覗き見ることが出来る唯一の魔物だ。
このテリトリー一帯の人間であれば全て例外なく彼女の能力の有効射程内だ。
数万から数十万いる全ての人間の意識にアクセスする権限がサキュバスにはある。
しかし、それを全て閲覧することは時間的に不可能。
そこで、サキュバスは特定のワードを記憶の中に持つ人間を自動的にピックアップして覗き見るようにしている。
――たとえば"勇者シアン"とか
「魔王ちゃん、時間がない……。明日の昼には勇者シアンはここにやって来る。別の街でシアンと会話した商人の記憶を見た。間違いない」
サキュバスの真剣な目にネメスはその場にへたり込んだ。
「ぐずぐずしてる暇なんてないよ。シアンを迎え撃つ準備をしないと」
「もうやだ……なんでいつもこんなに早いの……? まだここには中級最下位のガーゴイルまでしか用意出来てないんだよ? キメラすら作れてないのに……」
ネメスの言葉にサキュバスは歯噛みした。
シアンを迎え撃つには協力な上級魔族が何体居ても足りないくらいだ。
しかし現状のキュピス諸島には上級魔族は言うまでもなく、中級魔族すら圧倒的に足りていない。
メインの戦力として用意している下級の大型ワームでさえ、ようやく目標数の半分を超えたところだ。
正直、勇者シアンに太刀打ちするのは不可能だ。
「魔王ちゃん、逃げよう……。このテリトリーはもうダメだよ」
戦っても勝ち目はない。
今すぐに逃げだせばシアンに殺されることはないだろう。
「……逃げる、か。それもアリかもしれないね」
魔王ちゃんはゆっくりと立ちあがり、フラフラとした足取りで浴室へと向かっていった。
「魔王ちゃん……」
サキュバスは銀翼竜を撫で、魔王ちゃんの消えて行ったほうを見つめる。
逃げる。
それはここで今まで積み上げてきたもの全てを放棄するという選択だ。
青い炎に焼かれる世界において、全てなかったことにするという選択は魔王ちゃんにとっては相当の痛手だ。
ただでさえ時間がないこの世界の中で、時間をかけて積み上げてきたものを捨てる。
それはこれまでの全て、何もかもが無意味だったと認める行為。
しかしそれ以外に道は無い。
勇者シアンを打ち倒す手段など、この島のどこにある……?
ここで時間をかけて用意してきた戦力は全て役に立たない。
最低限の物品を持って逃げるにしても、現状の輸送手段は銀翼竜しかいない。
それに、今から逃げて間に合うのかも分からない。
シアンは魔力の残り香を感じ取れる。
どれだけ遠くへ飛ぼうとも、転移盤で後を付けられ続け、あとはいつもと同じ結末に終わるだけだ。
「私たちが今までやって来たこと、全部意味の無いことだったのかな……」
サキュバスは虚空を眺め、そう呟いた。
勇者シアンはすぐそこまで迫っている。
活動報告書きました「魔王ちゃん2/25投稿時刻について」




