メチル、稽古を始める
カンナは門から跳び下り、メチルの瞳を見据えてにやりと笑う。
「シアンが魔王ネメスの居場所に勘付いちゃったみたいだよ~?」
カンナの言葉にメチルは奥歯を噛んだ。
嫌な予感はしていた。
あの時のシアンの様子は明らかにおかしかった。
しかし、まさかこんなに早くシアンが動くとは思っていなかった。
背後のニトロに目を向けると、彼は黙って頷いた。
カンナビスが言っていることに嘘はない。
つまり、あと数日でシアンとネメスは会敵する。
「ねえ、大変だねメチル? 今すぐ助けに行かないとシアンが魔王を殺しちゃうよ? うふふ、困った困った……うふふふふ」
王宮からキュピス諸島までは転移盤を使って三日ほどの距離だ。
ここからネメスを助けに行っても、シアンとメチル、どちらが早く着くかは博打になるだろう。
メチルはカンナから視線を外し、先代剣聖のほうへと向き直る。
「ニトロ爺、稽古を続けよう」
その言葉にカンナは首を傾げた。
「えぇ~っと……メチル? 聞こえなかったのかな~? シアンが魔王を殺しに行くんだよ? 助けに行かないと大変なことになるよ~?」
そう言う彼女を、メチルは視界の端に捉えながら言う。
「僕が行くまでもない。アイツはアイツで上手くやる。たとえ相手が最強の勇者シアンであってもな」
「へえ……でもネメスは過去に何度もシアンに殺されてるよ?」
カンナの言うことは事実だ。
魔王ネメスは勇者シアンに幾度となく殺害されている。
しかし、あの魔王が何の理由もなく、毎回毎回、意味もなく殺されているだけとは考えにくい。
以前のメチルは魔王ネメスのことをよく知らなかった。
圧倒的な力を持つ勇者シアンに敵うはずなどない。
だから殺されるのは当然だ。
そう思っていた。
だけど、あの魔王は当初自分が思っていた十倍以上は頭が切れる。
そんな魔王が、勇者シアンの力を知った上で、毎回同じことを繰り返しているだけというのは明らかに不自然だ。
彼女のやることには全て意味がある。
破壊神が言っていた。
この時代、女神は最強のカードを切った。
だから自分も最強のカードを切ったのだと。
「僕は信じている。魔王ネメスは普通の魔王じゃない。アイツは黒のテリトリーの切り札だ。勇者シアンが数値上の最強なら、魔王ネメスはそれを超えるジョーカーになる存在だ」
メチルの言葉に、カンナは問う。
「あら、どうしてそんなことが言い切れるの? 一度だって魔王ネメスは勇者シアンに勝てたことがないのに」
メチルは杖を地面に刺し、ローブの中からレイピアを抜き取る。
それを真っ直ぐと先代剣聖へと構えた。
「カンナ、魔王ネメスはお前が思っている以上に用心深い。敵を騙すために、まずは自分の味方から騙す奴だ。手の内は明かさない。きっと最後まで……。さあ、ニトロ爺……剣を抜いてくれ。稽古の続きをしよう。僕が今すべきことはこれだ」
メチルの構えたレイピアは日光を受けて輝いている。
先代剣聖は剣を構え、メチルを見据えた。
「それがお前さんの答えか」
「僕は仲間を信じる。今はそれ以上のことは考えない」
「よかろう」
ゆらりと剣が揺れ、次の瞬間、空間が裂けた。
悲鳴のような音が鳴ったかと思うと、次の瞬間、地面ごと門が真っ二つに裂けている。
「あれれ……? 師匠は私たちの勢力争いには踏み込まないんじゃなかったの?」
「今は稽古の時間じゃ。邪魔をする者は斬る」
「そういえば、そういうルールだったね、ここは……」
ニトロの眼光にふっと笑い、カンナは手を振りながら屋敷の敷地を出て行った。
「それじゃあ、私はパルパ半島まで見物に行こっかなぁ~! きっと楽しいことが起きると思うし!!」
彼女の背を見送り、メチルは目の前の男の剣を見据えた。
あの斬撃……まるで見えなかった。
剣の亡者なんて目じゃないくらいの圧倒的な速度、圧倒的な威力、圧倒的な魔力量……。
先代剣聖ニトロ、レベル17――
鑑定して見たステータスなど、あの威力を見れば全く参考にはならない。
あの斬撃はレベル50相当の一撃だ。
「剣というものは極めれば果てがない。人の果て、能力の果て、技の果て……そのようなものは果てとは言えぬ。剣の道の果ては世界の果てじゃ。ワシもとうの昔に到達することを諦めた。道半ばという意味では、ワシも剣聖と名乗れるほどのものではない。しかし、今まで存在した全ての剣士の中で、ワシが最も"果て"に近づいた者であることだけは確からしい」
切っ先をこちらへと向け、最強の剣士は言った。
「お前さんを稽古出来る時間は一か月も無さそうじゃ。一週間で叩き込む。覚悟せい」
「……望むところです」




