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三つの剣

 ニトロの言葉にメチルは息を呑んだ。


 なぜそんなことが分かる?


 ニトロに魔王の話などしていないし、それらしいこともほのめかしていない。

 カンナビスの言っていた"勘"というやつだろうか?

 それとも特殊なスキルをもっているのか……。


 まあ、いいだろう。

 仮にニトロに鑑定まがいの能力があったとして、それが何だと言うのだ。


 どちらにせよ白のテリトリーにハト派がいるかどうかについては、いつか探るつもりでいた。

 その予定が少しばかり前倒しになったに過ぎない。


 ニトロがハト派ならよし、タカ派であれば……

 その時はその時だ。


 先代剣聖は僅かに振り返り、メチルのことを視界の隅に映している。


 メチルは杖背後の杖をいつでも持てるよう用意をして、口を開いた。


「これは……魔王ネメスのレイピアです」


「ほう……どこぞの高位魔族と踏んでいたが、まさか魔王ネメスと来たか。これは面白い」


 先代剣聖はにやりと笑う。


「それで、なぜお前さんが魔王の剣を持っている? まさか黒に寝返ったとでも言うつもりかね……?」


「それを答える前に、僕から先代剣聖に聞いておきたいことがあります」


 メチルの真っ直ぐな瞳に、ニトロは口を開く。


「言ってみい」


 白い顎鬚を撫でるニトロを前に、メチルは覚悟を決め、その問いを口に出した。


「あなたは……ニトロ爺は今まで何のために剣を取ってきたのですか」


 何のために、誰のために、どうして剣士になったのか。

 その問いにニトロは顎鬚を撫でながら答える。


「わからん」


 メチルはその回答に眉根を寄せた。


「え? あなたは先代剣聖で……」


「そうじゃの」


「あれぇ? いや、え……? わりと長い間剣聖として戦ってきて……」


「そうじゃな。既に引退しておるが」


「えぇ……?」


 困惑した様子のメチルを見て、ニトロは肩を竦めた。


「生きる意味やら戦う意味やら、そんなものが必要かね? 剣士も同様、剣を持つ意味も戦う意味も必ずしも必要というわけではあるまい。メシを食うに剣を握る者もおれば、大切なものを守りたい者もおる。その中に、ただただ偶然、『剣の才能を持っていたから』という理由で剣聖になった者がおってもおかしくはなかろう?」


 先代剣聖ニトロの言葉に、メチルは何も言えず、ただ突っ立っている。

 ニトロは続ける。


「だからワシはこうして隠居しておるんじゃ。どうしてもと言えるような理由があれば、今頃まだ前線におるじゃろうて。ワシは確かに剣聖ではあった。しかしのぉ……心の根っこはただの善良な一市民でしかないんじゃよ。何かの間違いで剣聖になった、ただのそこらのジジイじゃ」


「それでは、特に何の意志も持たずに、剣聖としての活躍を……?」


「うむ。ワシは求められたからそうしたに過ぎない……。故に白も黒も関係がないのじゃ。ワシは偶然にも剣が得意で、偶然にも周りに剣を求める者が多かった。だから、それに答えただけの話……。どうじゃ、聞きたいことはこれじゃろう?」


 そこまで見透かされていたのか……。

 しかし、彼の言葉はとても剣聖のそれとは思えない。


 何かしらの目的や志が無ければ、とてもじゃないが剣聖という重荷を担えるとは思えない。

 その考えを読んだかのようにニトロは答える。


「仕事じゃったんじゃよ。畑を耕すこととそう変わらん。あるいは料理をすることと同じかもしれん。漁をすること、狩りをすること、踊ること、演じること、作ること……その延長線上に戦うこともある。仕事としてやっている限りは『仕事だから仕方がない』という言い訳が出来るんじゃ」


 剣を太陽に翳し、ニトロはメチルに問う。


「なあメチル……歴代の勇者たちは人族の民の未来のために魔族を殺して回っていた。剣聖もそうじゃ。民草の幸福を願えばこそ、強大な魔族との戦いにも挑むことが出来た。じゃが、その"目的"とやらが必ずしも正しいものなのかワシには分からんのじゃ。メチル、剣聖や勇者や国王、黒のテリトリーなら魔王や高位魔族でもいい……そいつらが自ら"目的"を決めてもいいのじゃろうか」


 それは人々の総意によって決められるべきではないだろうか?


「力を持つ者が勝手にやることを決める。これ以上に怖いことがあるかね? 魔族の王は『人族を滅ぼす』と決め、人族の王は『魔族を滅ぼす』と決め……そうして不幸だけが広がっていく。それはこの世界においては仕方がないことなのかもしれん。青き炎は待ってはくれんからの。だからワシは自らの意思で剣を握ることから逃げた。求められるように戦っただけじゃ」


「僕には分かりません。カンナビスのような思想の持主であれば同調できません。反対に、魔王ちゃんのような人なら……」


 メチルの言葉に、ニトロは頷く。

 ようやくメチルは彼の能力に気付いた。


 ()()()()()()()()()()()()


 さっきからの先読みしたような話し方。

 彼の考え方と剣聖としての生き方。


 常に否応なく相手の思念が頭の中に流れ込んでくる。

 そういった者だからこそ至った、何が正しいのか分からないという境地。


 きっと、彼は自らの殺してきた魔族たちの声も聴いていたのだろう。

 だから剣聖が正しいと思えなくなり、こうして隠居の身になっている。


 故に、彼は答えを出せない。

 だから「分からない」と答えたのだ。


「正解じゃ、全てその通りじゃよ」


 ニトロの言葉に、メチルは真っ直ぐに彼を見据える。


「つまり、あなたは魔王ちゃんの考えも知っている……。私の思考が全て筒抜けなら……」


「ああ、その認識で間違いない」


「では、単刀直入に聞きます。あなたは魔王ちゃんの……僕の敵ですか?」


 メチルの声が辺りに響く。


 静かな沈黙の後、一つの声が二人に投げかけられた。


「面白いお話! ねえ、やっぱり魔王ネメスと会ってたんだね、メチル!!」


 振り返ると、門の上に立つ一人の少女の姿が瞳に映る。

 紅い髪に無数の刃を身に纏った剣鬼――


 その姿を見て、メチルは眩暈のするような感覚に襲われる。


「カンナ……お前、どうしてここに……」


「うん? メチルはもう知ってるでしょ? ()()()()()()()()()。なんとなく面白そうだから盗み聞きしてたんだ~!」


 その返事に、メチルはニトロのほうへと振り返った。


「カンナがいると分かった上で……」


「勘違いするでない。ワシはカンナがここに来ることを知らんかった。もちろんメチル、お前さんが来ることも」


 罠のつもりではなかったということか……。

 しかし事情を知っていて言わなかったということは……。


「それも違うな。ワシは面倒事には関わりたくないのじゃ。お前さんの鍛練には付き合う。しかし、それとこれとは話が別だ。お前さんたちの勢力争いにワシを巻き込まんでくれ」


「うふふ……そういうわけだから、メチルぅ、ちょっとお話あるんだけどぉ……?」


 妖しげに笑うカンナビスに、メチルは杖を翳す。


「聞いてやる。だけど覚悟しておけ。もしもろくでもない話だったら塵ひとつ残さず消し去ってやる」

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『Mephisto-Walzer』

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