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先代剣聖、事情を悟る

「はぁああッ!!」


 横薙ぎの一閃が風を斬る。

 太陽の光を受けてキラキラと輝く刃を手に、少女は額の汗を拭う。


「以前見た時よりはマシではある。ただ、やはり剣筋のブレが直らんのぉ。筋力不足、経験不足、知識不足、センス不足……おおよそ剣に必要なものの全てが足りておらん」


 剣聖ニトロの言葉にメチルは奥歯を噛んだ。


 彼の言うことはもっともだ。

 剣を握ったことなんて以前の訓練以来のことだし、後衛から魔法支援に徹していたメチルに運動神経など求められなかった。

 前線の処理は概ねシアンが片付けていたし、身体を動かす時ももっぱら魔力による補助で何とかしてきた。


「まあ今ので実力は分かった。お前さん、剣を覚えるのに十年はかかるぞ」


「そんな……」


 先代剣聖の言葉にメチルは呆然自失とする。

 分かってはいたことだが、剣の才能は本当に無いらしい。


 メチルが顔を伏せていると、ニトロは肩を竦めて言う。


「確かにお前さんに剣術の才能は無い。しかし、お前は世界最強の魔法使いだ」


「それじゃダメなんです! "それだけ"じゃ!!」


「まあ待て、人の話は最後まで聞くことだ」


 ニトロは大木を斬り倒し、その切り株に腰を掛けた。


「メチル……お前さんに剣の正道は進めん。基本の型を覚えて、相手の剣への対応を覚えて、守りを固めた敵を切り崩す方法を覚えて……そういった、どのような状況にも対処出来る王道の剣を身につけると言えば、十数年はかかるだろう」


 それは困る。

 そう言いかけて、メチルは黙る。

 人の話は最後まで聞けと言われたばかりだ。


 ニトロは続ける。


「しかしお前さんには時間が無いと見た。ここに来た時からずっとお前さんは焦っておる。理由は知らんが、数か月で剣を身に着けるつもりでおるらしい。おっと、何も言ってくれるなよ? 見れば分かるからな」


 ニトロはメチルを見据え、剣を地面に突き立てる。


「ワシは何人もの剣士を教示してきた。現剣聖のオゾンもそうだし、彼と剣聖の座を争った剣鬼カンナビスもワシの下で剣を学んだ。メチルよ、彼らに何か共通点があるか……?」


 ニトロの問いにメチルは素直に答える。


「ありません」


 実際のところ何も思い浮かばない。


 オゾンと会ったことはないが、聞いた話によると聖人君子という噂だ。

 それとあのカンナビスとの共通点……?


 せいぜい剣の達人ということくらいだろう。


 メチルの解にニトロは頷く。


「そうじゃ、誰一人として同じ剣士は存在しておらん。同じ流派の剣士とて、各々の思想や性格、才能によって、図らずともその剣技は一品物となってしまう。ワシも長い旅の中で多くの剣士見習いを見てきた。だから分かるのだ、お前さんが何をするべきなのかが」


 ニトロは地面に突き立った剣を杖代わりに立ち上がり、それを抜き取った。


「メチル、ワシがお前さんに教える剣は邪道の剣だ。正面切っての斬り合いには滅法弱いが、お前さんの本職が魔法使いであることを考慮に入れれば、剣だけで戦う必要など無いからな」


 それは確かにそうだ。


 威力の高い魔法攻撃をメインとしつつ、サブとして近接戦闘術を持っているのがメチルの理想。

 ニトロはメチルに近づくと、そのローブをめくった。


「っ……」


 メチルは一瞬たじろいだが、何も言わず、ニトロのほうへと視線を向ける。

 ニトロはローブの中に隠してある"それ"を見て、にやりと笑った。


「一目見て分かる名剣じゃ。作ったものの魂が籠っておる……」


 スパークレイピア・改――

 迷宮ダンジョンで魔王ちゃんが作ったものだ。


 ニトロは彼女のローブを元に戻すと、メチルに背を向け、静かに、しかしよく通る声でこう言った。


「その剣、人の手によるものではないな」

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『Mephisto-Walzer』

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