魔王ちゃん、騒ぎを起こす
あれから約二時間。
「おい、見つかったか?」
「こっちは全然……」
「私もだ」
魔王ちゃんとマッチョたちは迷子猫を探して街中を駆けずり回ったが、結局未だに見つかっていない。
そもそも、目的の迷子猫以外にも、この町には何匹もの猫が暮らしているのだ。
それもそのはず、ここ、テトの街は港湾都市だ。
港へ出れば魚市場が密集しており、荷馬車から落ちた魚を猫が食べている光景などしょっちゅう見かける。
海上での長旅の敵は貨物庫を荒らすネズミであり、それを駆除するために船に猫を乗せる船乗りもいるくらいだ。
そういうわけで、ここテト港湾には猫が多い。
「せっかく『見つけた!』って思っても別の猫だったなんてことが一時間で三度もあったよー」
「当の猫ちゃんも動き回るから、しらみ潰しに探しても見つからないかも知れねえな……」
「思った以上に難儀な依頼だ」
四人は広場のベンチに腰を下ろし、依頼の難易度の想像以上の高さに茫然自失となっている。
それでも、あの女の子の期待を裏切るわけにはいかない。
マッチョは立ち上がり、拳を握り三人に語りかけた。
「ここで途方に暮れていたって仕方がねえ。とりあえず、また四人で手分けして探すぞ!」
「しかしこれだけ探し回って見つからないとなると……。手当たり次第に探し回って見つけられる相手とは到底思えない。この依頼の難易度は本来ならAクラス相当だ」
Aクラスは流石に言い過ぎだろうと思うが、確かに、甲冑の言い分ももっともだ。
四人で手分けして既に二時間を無駄にした。
何の手がかりも無しに無策で挑んでも、迷子猫が見つかる見込みは限りなく薄い。
「とは言ってもだな……この街には大量の猫がいるんだぜ? ピンポイントで迷子猫だけを見つける方法なんてあるかよ……?」
スキンヘッドを搔くマッチョの言葉に、一同は何も言えず黙り込む。
そんな中、一つの手がおずおずと上げられた。
「あの、一応策はあります……とても上策とは言い難いですけど……」
自信なさげにそんなことを言い放った魔王ちゃんに、他三人は食いつくようにして魔王ちゃんの肩を揺さぶる。
「おいおい、なんだよ策って!! そんなもんあるなら早く言ってくれよ!!」
「上策である必要はない。今の状況を打開する手立てがあるなら、藁にだって縋る思いだ」
「さすがまお……ネメ……ほんと呼びずらいな……」
三人の前で、ネメスは自信なさげに策の内容を説明し出した。
魔王ちゃんの策を聞き終わると、マッチョはパンと手を叩いた。
甲冑は納得した様子でしきりに頷き、サキュバスは魔王ちゃんのことを褒め散らかす。
「よし、そうと決まれば早速実行だ!!」
マッチョの号令を受け、四人は計画の準備へと移る。
雑貨屋や薬屋で各種材料を集めると、マッチョは謎の素材をすり鉢に入れて粉々にしていく。
サキュバスや甲冑も同じように、素材を粉状にすり潰す。
一通り準備が整うと、マッチョ、甲冑、サキュバスは頷いた。
「え、本当にやるの……? 怒られない?」
「怒られるかもしれねえ! でもあの嬢ちゃんに冒険者ってやつがどんなものか教えてやらなきゃな!」
「冒険者とは、いかなる困難も知恵と勇気と腕力で解決する者達のことだ。憲兵には怒られるかもしれないが、致し方あるまい」
「そうだ! いい大人ってやつは子供に夢を見せるもんだぜ!! で、憲兵には裏でこっそり謝る。格好悪い部分を見せると夢が崩れるからな」
「え、ええぇ……?」
「お前の言った策だろう? 自信を持て。私たちは信じている」
甲冑とマッチョの説得に魔王ちゃんは不安そうにしている。
しかし、隣のサキュバスちゃんが手を握って頷く。
「私たちの夢はこれよりもっと大きい。これくらい、ちゃちゃっと片付けよ-?」
その言葉に、魔王ちゃんはほっと一息ついた。
「そうだね。みんな、憲兵に怒られる準備はいい?」
「もちろんだぜ」
「覚悟は出来ている」
「いつでもおーけー」
それぞれの覚悟を確認すると、魔王ちゃんは掛け声を上げた。
彼女の掛け声と共に四人はその"粉"を頭から被る。
その瞬間、街中の猫たちが四人を目掛け飛びかかる。
瞳にハートマークを浮かべた無数の猫たちを引き連れて彼らは走る。
「題して、マタタビ作戦だぁああああ!!!!!」
全身にマタタビを塗りたくった魔王ちゃんたちは、今やこの街で最も猫たちにモテる存在だ。
そう、文字通り誰も無視出来ないほどに……。
この状態でテトの街を隈無く走り回れば、もれなく全ての猫を捕まえられるはずだ。
そもそも、はじめから迷子猫をピンポイントで見つける策などあるはずが無い。
その前提からして、魔王ちゃんたちの取り得る策は二つしかない。
時間を掛けてしらみ潰しに何日もかけて探すか、全ての猫を自分達の下へと引き寄せるか……。
あの女の子はきっと迷子猫を心配している。
お腹を空かせていないだろうか、喧嘩をして怪我をしていないだろうか、誘拐されたのではないだろうか……。
そんな心配を何日もさせるわけにはいかない。
だから魔王ちゃんたちは後者を選んだ。
すぐにでもあの女の子を安心させてあげるために。
街の猫を全て一箇所に集めれば探す手間などなくなる。
というより、あの女の子の家の前に集めてしまえば良くないだろうか?
「よし! 全部連れていくぞぉ!!」
「絶対迷惑だこれ……」
大通りを駆け抜ける猫の大群に市民たちは悲鳴を上げ、騒ぎを聞き付けた憲兵たちが追いかけてくる。
魔王ちゃんたちはきっとこれからこっぴどく怒られる。
だけど……
「嬢ちゃんの笑顔のためだ!! 許せ憲兵!! いくぞぉおお!!!」
マッチョの叫びに魔王ちゃんは頷く。
猫の大群に街の人達は少し驚くだろう。
憲兵はかなり怒ると思う。
だけど、あの女の子の悲しむ顔は見たくない。
「迷子猫を見つけて、絶対にあの子を笑顔にしてあげよう!!」
「うぉおおおお!!!!!」
発情した猫の大群と憲兵を引き連れ、四人はテトの街を全速力で駆け抜ける。
一人さえ笑顔に出来ない魔王に、大勢を笑顔にすることなど出来ないから。
これもまた、魔王ちゃんにとっては使命のようなものだ。
それを人族と協力して達成出来るのなら、少しくらい怒られたって魔王ちゃんは気にしない。
(でも、やっぱり怒られるのは怖いよぉ……っ!!)
少し嘘。
何日かは怒られたことを引きずるかもしれない。




