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魔王ちゃん、依頼を受ける

 サキュバスは例に依って、今日もウェイトレス姿で店内を駆けずり回っている。

 ぐるぐると目を回しながら魔王ちゃんの料理をあっちこっちに運んで周り、昼のピークが過ぎたあたりで、二人は今日の仕事を終えた。


「今日もみんな喜んでくれたね、サキュバスちゃん!!」


「そうだね……はあ、それにしてもキツいよあのお店……」


 今朝はキュピス諸島の防衛力を高めるため、対艦船用自動射出型強制移動装置・パイルバンカーの整備・設置を進めていた。


 キュピス諸島の拠点としての防衛能力を整えつつ、ガーゴイルと大型ワームの繁殖を待つ間、魔王ちゃんとサキュバスちゃんはこうしてパルパ半島へと出稼ぎに来ている。


 白のテリトリーの情報を引き出すことはサキュバスの能力だけでも充分だ。

 しかし、白のテリトリーに漂う"空気"を直接肌で感じ取ることも大切なことだ。


 根拠の無い"勘"や"空気"を蔑ろにしていると、自分の持ちえない、視界外にある情報に初見殺しされる。


 魔王ちゃんは何度も初見殺しされている。


 空気から物事を察知する"勘"の要素が重要な局面では役に立つことを魔王ちゃんは経験から学んでいる。

 だから、少しでも人と触れ合い、その表情や仕草を理解する必要があるのだ。


 そういうわけで、二人はテトの街の冒険者ギルドへとやって来た。


 実を言うと、二人はここにやってくる以前から、ギルドの冒険者であることを証明するギルド証明書を所有している。


 サキュバスは諜報という仕事柄、ネメスは人族と関わるのが好きなので、当然、魔王になる以前からの物を持ち合わせている。


「こんなとこ来るの久々だよー」


「魔族と戦う人たちとの交流も、この先を見据えればいつか必ず必要になるからね」


 ここにいる人たちはみな、人族の戦士だ。

 魔物を殺すことを生業としている。

 しかし、いつかそういった者たちとも対話しなければならない日が必ず来る。


 二人が依頼書の貼り付けられた掲示板を眺めていると、扉が勢いよく開け放たれた。


 丸テーブルに腰掛けた甲冑の男、壁際で手を組んでいた半裸のマッチョ、トランプで賭け事をしていたモヒカンたちが一斉に扉のほうへと顔を向ける。


 そこに立っていたのは、一人の女の子だった。

 歳は十歳に満たないくらいの、かなり幼い子供だ。


 いかつい連中の入り浸る冒険者ギルドにはミスマッチな彼女が、小さな口を開く。


「い、いらいをもってきたのですが!」


 女の子が大きな声でそう言うと、半裸のマッチョが幼女の前まで歩いていく。


「魔王ちゃん……!」


「待って……。少し様子を見てから」


 二人は危うげな空気の中、いつでもマッチョへの攻撃が可能なように心の準備を整える。


「あ、あの……いらい……」


 幼女はビクビクと怯えながら、目の前の身長二メートルはある半裸のマッチョを見上げている。

 すると、マッチョは屈み込んでにこやかに笑った。


「嬢ちゃん、どんな依頼だい? 聞かせてもらおうじゃないか。なあみんな、可愛い依頼主の持ってきた案件だ。気になるよなぁ!」


 マッチョの声に、ポーカーをしていたモヒカンがウェーイと妙な返事を上げた。

 それを聞くと、女の子はマッチョに一枚の紙を渡した。


 クレヨンで書かれた歪な文字の羅列。

 内容は迷子猫の捜索依頼。

 報酬は家の庭で取れたブドウを五房と提示している。


 依頼内容を読み上げたマッチョに、甲冑が手を上げた。


「いい内容だ。その依頼、私が受けよう」


「だそうだ。良かったな、嬢ちゃん」


 マッチョは依頼書を甲冑に手渡し、幼女のほうにニッと笑う。


 ネメスとサキュバスはお互いに顔を見合わせ、ほっと肩の荷を下ろした。

 ガラの悪い男ばかりだと思っていたのだが、思っていたより優しい人たちだ。


 人を見掛けで判断していたことを少し反省し、二人は彼女たちの元へと向かう。


「その依頼、私たちも手伝います! 報酬は私たち二人で、一房分けていただければ」


「構わない。迷子猫の捜索だからな、人手は多いに越したことはない」


「それなら俺も手伝うぜ!」


 マッチョがグッと拳を握る。


「あ、ありがとうございます!」


 幼女の頭を撫で、依頼用紙を返すと、マッチョは猫は自分たちで見つけるからと家に帰るよう促した。

 ネメス、サキュバス、マッチョ、甲冑の四人で彼女を家まで送り届け、それから四人は依頼書にあった猫の特徴を確認し、手分けして街中を捜索することにした。


 四人がバラバラに散らばっていく中、ネメスはマッチョの背を呼び止めた。


「なぜ依頼を受けたんですか? 報酬としては割に合いませんし、あなたの腕前ならもっと良い依頼を受けられたと思いますけど」


 不躾ではあるが、このマッチョが幼女の前に出た時、彼のステータスを鑑定していた。

 レベルは14。


 宮廷のお抱え騎士までとは言わないが、かなりの鍛練を積まないとこのレベルには到達できない。

 あちらの甲冑もレベル13の強者だった。


 魔王ちゃんの質問に、マッチョは逆に問いを返した。


「じゃあ、アンタはなんで受けたんだ?」


「私は……放っておけなかったから……」


 あんな小さい女の子が冒険者ギルドに来るなんて、放っておけるわけがない。

 何かの犯罪にでも巻き込まれたら大変だ。


 魔王ちゃんの回答に、マッチョはグッと親指を立てた。


「俺も同じだ。それに……悪い依頼じゃなかったぜ? 子供であそこまで読み書き出来るなら上出来過ぎるくらいだ。きっと頑張って勉強したんだろうな。頑張る子供の社会勉強に付き合うのも出来る大人の嗜みだ。っつーわけで、とっとと猫ちゃん見つけてやろうぜ!」


 そう言って、マッチョは猫を探して走って行った。


「見かけによらずいい人だねー」


「あの人、かなり強いよ」


 サキュバスと一緒にマッチョの背を見送り、ネメスは魔力で虫取り網を生成した。


「さ、私たちも迷子猫探し頑張ろう!!」


「おー!!」

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『Mephisto-Walzer』

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