サキュバスちゃん、給仕をする
「いらっしゃいませー。今日のオススメはー、獲れたてプリプリ、パルパエビをふんだんに使ったエビチリパスタだよー。当店自慢の臨時料理長特製、エビチリパスタをどうぞよろしくー」
サキュバスちゃんの呼びかけに店内は一斉にざわめき立った。
「うぉおおおおお!!! 料理長のパスタを頼む!!!」
「こっちもそれをくれ!! 料理長今日も最高に可愛いぜー!!」
「こっちが先だぁ!! こちとら毎日通い詰めて、やっと料理長のメシにありつけたんだぞ!! 新参は引っ込んでろ!!!」
レストランの中の大騒動に、ウェイトレス姿のサキュバスちゃんは渇いた笑みを浮かべた。
この人数を相手にするのはカンナビスと戦ったあの時よりキツいかもしれない。
「慌てなくも大丈夫だよー! 今日は久々の出勤だから、みんなが食べ切れないほど沢山作っちゃうからねっ!!」
厨房から顔を出すした魔王ちゃんに、客たちは歓声を上げた。
中には涙を流し絶叫している者までいる。
しばらく来ない間に、この店はテトの街有数の伝説級レストランになってしまったらしい。
なんでも、時折現れる臨時料理長がまさに伝説級の腕前だという噂だ。
口コミは瞬く間にパルパ半島を飛び越え近隣の町や村を駆け巡り、「今日は臨時料理長は来ていないのか」と毎日大量の客が確認しに来るらしい。
話によると、わざわざ王都から足を運んできた人もいるという。
そういうわけで、さっき魔王ちゃんが久々に店へと訪れた瞬間、大歓声と共に拍手喝采が沸いた。
ガッツポーズで倒れ込む男性
奇跡が起きたことを祝福する牧師
以前ここに来ていたカップルたちも大喜びだ。
店長に至っては魔王ちゃんの肩を掴み「いつ戻って来てくれるかずっと待ちわびていたんだ!」やら「今日来てくれただけで奇跡だ。君の料理を客たちはずっと待っていた!」やら、泣きながら語ってくれた。
魔王ちゃんは基本チョロいので、まんざらでもない様子で臨時料理長を請け負い、ついでにサキュバスちゃんは給仕として雇われた。
「ほら! いっちょ上がりー!!」
「俺は今奇跡を目の当たりにしている!!」
「匂いだけで昇天しそうだぜ!!」
客のごった返す店内で、魔王ちゃんの作った料理を抱えあっちこっちに運んでまわり、サキュバスは目が回ってしまいそうになる。
「うへぇ~キツいよぉ~」
「サキュバスちゃん頑張って! ファイトだよ!!」
へとへとのサキュバスにネメスがガッツを送る。
それを受け取り、サキュバスは新たな皿を持って向こうの客のほうへと運んでいく。
魔王ちゃんがここに来るのは、メチルと出会ったあの日以来のことだ。
しばらく来ない間に大変なことになっていたようだが、これはこれで魔王ちゃんは楽しい。
みんなが喜んでご飯を食べてくれるのは嬉しいし、サキュバスちゃんがあんなにヒーヒー言いながらお皿を運んでいるのを見るのは新鮮だ。
普段露出が多い彼女がウェイトレス仕様なのも魔王ちゃん的にポイントが高い。
「慌てなくも大丈夫だよー! 今日は久々の出勤だから、みんなが食べ切れないほど沢山作っちゃうからねっ!!」
手をフリフリしている魔王ちゃんに、店内は再び沸いた。
あちらこちらと目を回しながら駆けまわるサキュバスを尻目に、魔王ちゃんは再び厨房へと戻った。
「サキュバスちゃんにはいい経験かもね……」
魔王ちゃんは白のテリトリーのいいところを沢山知っている。
人族のみんなも、魔族と同じように暮らしていること。
国や街、村によって違う文化があって、それら全てが大切だということ。
魔王ちゃんはサキュバスちゃんに、自分の全てを受け入れて欲しいと言った。
これもそのうちのひとつだ。
魔王軍幹部として、サキュバスちゃんには白のテリトリーのことをよく知っていてもらいたい。
現地の人々と同じように働き、ふれあい、自分と同じ存在であることを身をもって体験してほしい。
「美味しいものを食べると幸せな気持ちになるのは、魔族も人族も同じだからね!」
魔王ちゃんはフライパンを握る。
期待してくれているみんなのために。




