魔王ちゃん、召喚する
基本的に復活直後の魔王というのは大抵の場合弱っている。
というのも、破壊神の力で再生されるのは肉体の最低構成要素のみであり、体内に保有していた余剰魔力は持ち越せないからだ。
余剰魔力は魔法の行使や魔物の召喚以外にも、直接体内に巡らせることによって身体能力の強化にも用いられる。
この世界では保有魔力量を"レベル"と呼び、この"レベル"によって生命としての強さを比較される。
夢魔サキュバス、レベル16。
目の前の少女の頭上に表示されているこれがレベルというやつだ。
基本的には教会や城などの特別な場所でしか見ることの出来ない情報なのだが、魔王ネメスは破壊神の加護により魔物のステータスだけは鑑定可能となっている。
まあ、魔物の情報を把握せずに魔王などやっていられないので、当たり前といえば当たり前の話だが。
そんなこんなで自らのステータスを確認したネメスは、見慣れた「レベル1」という表記を特に気にすることもなく次の段取りについて考えていた。
「ねえサキュバスちゃん、ツノ、握るのやめて欲しいんだけど……」
ふわふわとネメスの頭上に漂うサキュバスは、彼女の黒い巻き角をにぎにぎと触りながら何やら楽しげな様子だ。
「えへへ……この絶妙なカーブとでこぼこ具合が、触っていて癖になるのですよー」
「むう……さっきお手紙のこと調べてってお願いしたよね?」
「サキュバスちゃんはー、低血圧だから午前中は弱いのだー。ちゃんと夜になったらがんばるからー、今はがんばりをチャージ中なのです」
サキュバスちゃんの言い訳に魔王ちゃんは頬を膨らませる。
確かにサキュバスは夢を操る悪魔だ。
こんな太陽燦燦の真っ昼間よりは、多くの人々が眠りにつく真夜中のほうが活動しやすいのは道理である。
ちなみに、彼女が低血圧というのは本当の話だ。
「魔王ちゃんー、はやく魔王城作ってよー。久々に大きなベッドで眠りたいのー」
「今の状態で魔王城建設したら六畳一間になっちゃうよ……。とにかく魔力を蓄えないとお話にならない……」
勇者に見つかる前に魔力を蓄えてレベルを上げ、魔王城を建築して魔物の生成と配置を済ませ、和平の手紙がどこに消えたのか探りだし、今後の身の振り方を考える。
ほとんどいつものルーチンワークではあるのだが、やはりこれだけのことを完璧にこなそうと思うとかなりの重労働だ。
出来ればサキュバスちゃんの力を借りたいところだが、彼女は夜の作業に向けてチャージ中。
仕方がないので、魔王ちゃんは現状の魔力で召喚可能な魔物を生成することにした。
「我が呼びかけに応じよ――幽霊」
ネメスの声に呼応し、青白い魔法陣が空中に浮かび上がる。
魔法陣に魔力が収束すると共に、術式によって空中に魔力が編み込まれていく。
やがて術式が終わると魔法陣は砕けて散り、その魔力は大気の中へと還っていく。
その場に残されたのは、手のひらサイズの白い塊。
真っ黒な瞳に白い布のようなボディ。簡素極まるデザインのそれは、魔王ちゃんの生成によって生み出された下級の魔族。
ゴースト、レベル1だ。
ネメスは嫌がる白い塊を抱き寄せ無理やり頬ずりをする。
「よちよ~ち! かわいいでちゅねえゴーストちゃん~! このサキュバスお姉ちゃんが全然お手伝いしてくれないから、今日からはゴーストちゃんを魔王軍幹部にしちゃいまちゅよ~!」
「ねえ魔王ちゃん、毎回ゴースト出すたびにキモくなるのやめない?」
サキュバスはわりと真剣に助言するが、ネメスは聞く耳を持たない。
「うーん? もしかしてサキュバスちゃん……それ、嫉妬ってやつ?」
人差し指を立てウィンクする魔王ちゃんにサキュバスちゃんは何も言えずただただ絶句する。
「えへへ~照れるなあ……やっぱりサキュバスちゃんって私のことそんなに好きなんだ~でへへへ」
「きっも」
「え、え……? 今わりと本気な感じでキモいって……」
「うーん?冗談だよー」
「ほ、本当に冗談だよね!? 私のこと嫌いになってないよね!?」
サキュバスちゃんが魔王ちゃんのことを友達として好きなのは本当のことだし、魔王として魔族を率いるその姿を尊敬しているのも本当だ。
しかし、こういうところを見ると心底残念に思うことが本当によくある。
「嫌いにならないで! 私にダメなところがあったら言って! ちゃんと直すから!」
部下にしがみついてこういうことを言うのも、どうかと思う。
サキュバスは魔王ちゃんの頭を撫でながらそんなことを思っていた。
「魔王ちゃん、私が魔王ちゃんのこと嫌いになるわけないでしょー?」
魔王ちゃんは普段独り言が多い。
それは孤独に耐えられないからだ。
力はあるのに寂しがり屋で甘えん坊。駄目なところは沢山あるし、毎回勇者に殺されて内心かなり憔悴している。
だからこそ、サキュバスは魔王ちゃんのことを支えたいと思っている。
砂漠に咲いた花は萎れているかもしれないけど、それは最初から萎れているわけではないのだ。ちゃんと水を与えてやれば、いつかはきっと綺麗に咲いてくれる。
今はまだ無理をした笑顔に見えるけど、いつかはきっと、もっと素敵な笑顔を見せてくれると信じている。
それはきっと領域戦争を円満解決した時のことだろう。
正直サキュバスは白も黒も興味がない。だけど、大切な友達の綺麗な笑顔を見たいから。
「でへへ~やっぱり好きなんじゃん~!もう~それならそうと最初から言ってよ~!」
サキュバスは思う。
やっぱりコイツは調子に乗らせたら駄目だ。