メチル、シアンに会う
一人の少女が王宮の廊下を歩いている。
白のローブに身を隠し、腰まで伸びた癖の強い茶髪を持つ魔法使い。
魔導士メチル、レベル8――
今の彼女は王の間で、自らの身に起きたことを報告した帰りだ。
もっとも、その報告とやらには幾ばくかの虚飾が混じっている。
いわゆる"実話を元にしたフィクション"というやつだ。
コツコツと音を鳴らしながら歩いていると、廊下の奥に一人の少女の姿が見えた。
「メチル、数日ぶりだな。その様子だとカンナの勘は半分は当たりといったところか」
少女は加護を宿した瞳にメチルの姿を映している。
「そして半分はハズレだ。久しぶりだね、シアン……」
これまた厄介な奴のお出ましだ。
メチルはシアンの元まで歩みを進め、それから二人並んで王宮を出て、街へと続く広場を歩いていく。
(さて、ここが最初の山場だ……。僕に道化の才能があればいいが)
メチルの周りは基本的に厄介者しかいない。
戦闘狂のカンナビス、夢見がちのネメス、面倒事を運んでくるウンディーネ、いろいろと底の知れないサキュバス、そして人智を超えた力を持つ勇者シアン。
人類最強の魔導士というやつも、この面子に囲まれるとかなり肩身が狭くなる。
戦闘力だけで言えば下から数えたほうが早いくらいだ。
上のメンツに勝つためには、前回のように命を削る必要があるだろう。
とはいえ、正面切っての戦闘だけが魔導士メチルの能じゃない。
勇者シアンは隣を歩くメチルを横目に見て、一言目を切り出した。
「何があったか教えてくれるか」
まあ、そう来るだろうとは思っていた。
シアンには先ほど"鑑定"されている。
レベルが25から8まで下がったともなれば、誰だって何があったか聞きたくなる。
問題なのは、この質問にどこまで真実を語り、どこから虚偽を織り交ぜるかだ。
心に道化を飼ってよく相談する必要のある話題だが、リハーサルはさっきの王宮会議で済ませておいた。
大丈夫だ、大筋は整えてある。
そのままの長れで何も問題は無い。
「罠に嵌って、地下迷宮型のダンジョンに捕らえられた。敵の名はシルフィ。狡猾な高位魔族で、自分自身では戦おうとしない。本丸にはまんまと逃げられたが、ダンジョンとペットのほうは潰しておいたよ。ギリギリの戦いだったけどね」
「シルフィか……。まあ、覚えておこう。それにしても、お前程の魔法使いが敵の罠に嵌るとはな。腕が鈍ったのか?」
「まだ実力も知らない相手を理由に僕の評価を落とすより、僕を基準にして相手の格を計ったほうが賢明ではないかな。もっとも、シアン程の実力があれば、相手が誰だろうが五十歩百歩だろうけどね」
あくまでもいつも通りを演じる。
「嫌味に聞こえたならすまなかったな。しかし、人類最強の魔導士であるお前が苦戦したと聞けば、私でも多少は興味を持つさ。その高位魔族、何が目的でお前を捕らえた?」
来た。
「奴の狙いは実力のある人間を捕らえてペットに食わせること……。つまり、配下のレベリングだ。魔王ネメスについての発言もしていたが、どうやら黒のテリトリーは一枚岩ではないらしい。独自に戦力を整え、白のテリトリーへの侵攻を目論む勢力が存在している。その筆頭がシルフィという高位魔族ということらしい」
メチルの発言に、シアンの雰囲気が一気に変わった。
「なるほど……つまり、お前の殺した魔物以外にもレベリングをしている下僕がいるわけだ」
声音が僅かに低くなった。
成功だ。
ネメスの話題は一切出さず、舵をシルフィのほうへと切る。
このまま、シアンの興味をシルフィへと寄せればいい。
「恐らく……。僕が相手したペットはレベル40台のゴーレムだった。もしもあれが量産されていれば、白のテリトリーにとっては無視できない脅威だ」
「国王はそのことを知っているのか?」
「さっき報告したよ。シアン、君の力を借りるかもしれないとも言っていた」
「なるほど……」
そういう作戦というわけだ。
メチルはゾっとした。
なぜだか、その一言が核心を突いて来たような気がしたから。
「そういう作戦って……どういうことだ? なにか分かったのか?」
ただの一言だ。
何がとも、誰がとも、どこでとも言っていない。
だけど、全てを勘付かれたような嫌な予感がメチルの中に走った。
「いいや、こちらの話だ」
そう言って、勇者シアンは街のほうへと歩いていった。
残ったのは、激しい心臓の動悸だけ。
(大丈夫……僕は何もおかしいことは言ってない……勘付かれるようなことも……)
メチルが胸を押さえていると、背後から足音が近付いてきた。
「パルパ半島で別れてぶりだね~メチル~!!」
「カンナ……なんだよ、いるならシアンがいる時に声を掛ければよかったじゃないか……」
振り向き、赤い髪の少女と視線が合う。
彼女はニィっと笑い、メチルへと近付き、耳元で、楽しそうな声音で呟いた。
シアン、メチルが思ってるより勘がいいから気を付けてね!
「な、何が言いたい……!」
思わずカンナビスを突き飛ばすメチル。
突き飛ばされた彼女はケラケラと笑いながら、それ以上は何も言わずに向こうのほうへと歩いて行った。
「なんだよ……どいつもこいつも……」
メチルは俯き、魔王ちゃんたちのことを思い出す。
四人で誓った夢や、楽しげに笑うみんなの顔。
「僕は……人間なのにここが怖い……アイツらに会いたいよ……」
だけど、弱音を吐いていられる状況じゃない。
白のテリトリーでしか出来ないこともあるはずだ。
魔王ちゃんたちだって、違う場所で頑張っているのだから。
彼女たちと一緒に誓った夢のために、出来ることからやっていこう。




