騒動の終幕、そして新たなはじまり
どうやら、地下迷宮ダンジョンの奥の間は、魔王城の直下……つまり、銀翼竜がいた場所のすぐ真下にあったらしい。
パルパ半島での戦闘の最中、サキュバスは穴に落ちた魔王ちゃんを見失った。
何とかカンナビスを退けウンディーネを連れて付近の森へと逃げ延びた彼女は、自らの能力を使って魔王ちゃんとメチルの意識を探し出そうとした。
そして、最初に見つけたのはメチルが魔王ちゃんの膝枕で眠った時。
魔王ちゃんとメチルが地下ダンジョンへと落ちたことが分かり、メチルの意識から情報を引き出し魔王ちゃんの現状を把握した。
一度ウンディーネを連れて魔王城へと戻ったサキュバスは、引き続き二人の意識を探し続けた。
戦闘中に気絶したメチルの意識から、二人の位置が魔王城の直下であると探知すると、銀翼竜とゴーレムを使ってひたすらに穴を掘り進め、最終的には銀翼竜の自重を使って岩盤を崩壊させたといった成り行きだ。
このダンジョンについてはウンディーネが詳細を知っていた。
彼女はシルフィとノームという二人の高位魔族と繋がっていて、このダンジョンを作成したのはその二人ということらしい。
シルフィたちはかつてこのダンジョンを使って魔物のレベルに関わる研究を進めていた。
その計画は白のテリトリーへと攻め入るための切り札を作り出し、それを量産する計画。
彼女らはこの計画を"死々繰計画"と呼んでいた。
死々繰計画の概要は以下の通りだ。
まずレベルの高い魔族や人族を捕らえダンジョン内に連れ込む。
特殊な結界によって力を抑え込み、ダンジョン内に用意したボス格の魔物にそれを狩らせ続ける。
餌を与えることによってレベルが上限に達した魔物に特殊な術式を施し、その上限を引き上げる。
これを何度も繰り返すことによって、いずれは勇者シアンに追いつき、人類を滅ぼす究極の生物を作り出す。
それがシルフィとノームの目指す死々繰計画の全貌であり、この魔王城の元々の機能であり、地下迷宮の存在意義であった。
「私はそんな二人の計画が怖くなって、ここまで逃げ出して来たんです……」
ウンディーネが言うには、そのレベル上限を引き上げる術式には、ある一つの欠陥があるという。
「死々繰計画の術式は、魔物の自我を破壊してしまいます……。レベルが上がるにつれて凶暴性が増していき、シルフィやノーム、私の制御でさえ通用しなくなっていく。制御の効かない高レベルの魔物なんて、それはもはや無差別破壊兵器に他なりません。白のテリトリーのみならず、きっと黒のテリトリーにも被害が及ぶ。だから、私は二人を止めようとしました」
その結果、ウンディーネは二人に始末されそうになり、命からがら逃げ延びた。
一連の騒動の裏に何が起こっていたのか。
それをネメス、サキュバス、メチルは彼女の口から聞き出して、互いの顔を見合わせた。
「どうやら黒のテリトリーも一枚岩ではないらしいな」
「そりゃあそうだよー。だって魔王ちゃんのやることには障害が多すぎるし、成功の目途だって立ってない。魔王ちゃんに対して疑念を抱く高位魔族がいても何もおかしくはないよー」
「それはそうだけど……だからってこんな計画ひどすぎるよ……」
今しがた倒した剣の亡者は、自動式のゴーレムだった。
苦しいという感情は無かっただろうが、あれがもし生命を宿した動物型の魔族だったら……。
それに、ウンディーネの話を聞く限り、銀翼竜が凶暴化していたのも死々繰計画の影響だ。
このダンジョン内に無数に転がっていた剣や槍も、餌として連れ込まれた人間の残したものだろう。
「そういえば、竜の間の結界も徹底した人族対策だったねー。シルフィかぁ……ちょっと厄介な相手っぽいねー」
「シルフィとノームは死々繰計画を止めるつもりがありません。きっとここ以外にもいくつものダンジョンを作って、同じような魔物を生み出しているはずです……」
もしそうなら、彼女たちには魔王軍に匹敵するか、それ以上の力を貯め込んでいる可能性すら考えられる。
「どうするの魔王ちゃんー?」
「どうもこうもないよ。私たちのやることは変わらない。人族と魔族で和平を結んで、領域戦争を終わらせて、世界の終焉を食い止める。そして、シルフィとノームの死々繰計画も止めさせる……。とてもじゃないけど、黙ってられる話じゃないもん」
「僕は一度白のテリトリーに帰って、シアンの動向に探りを入れるよ。僕が戻らないと、このテリトリーに魔王ちゃんがいると疑われる可能性もあるからね。それと……ウンディーネの話を聞いていて思ったんだが、もしかしたらシアンのレベルにも何かしらのカラクリがあるのかもしれない」
「確かに、普通に考えてレベル999はあり得ないからねー」
「可能な限り人族側の動向を探りつつ、白のテリトリーで協力者になってくれそうな人を探すよ」
メチルに和平の場を取り持ってもらおうとも思ったが、白側の意向や穏健派の数も分かっていない現状、下手に動けばメチルの命が危ない。
今はまだ大きく出るべきではないのだろう。
「ありがとうメチルちゃん……それと……」
魔王ちゃんは、以前送った人族の国王宛の手紙について、メチルに思い当たる話は無いかと聞いた。
「和平の手紙か……僕には思い当たる節がない。しかしそんな前例があるとなると、余計に今すぐに和平というわけにもいきそうにないな」
「そっか……でも、メチルちゃんのお陰で人類側への懸け橋が出来た。それだけでも私たちにとっては大きな進歩だよ!」
「まあ、世界を救わなければならないからな……」
ぶっきらぼうなメチルにニコニコする魔王ちゃん。
サキュバスは冷めた目で二人を見ているが、ウンディーネのほうに話題を振った。
「あなたはどうするのー?」
「わ……私は……逃げてきたばかりでまだ分かりません。ただ、シルフィとノームのことを止めたいです……」
「それじゃあ、その気持ちに素直になればいいと思うよ。私たちも手伝うから!!」
「ああ、直接手を貸すことは難しいが……白のテリトリーから出来ることであれば協力する」
「ま、そうなるよねー」
「みなさん……!」
魔王ちゃんたちの言葉に、ウンディーネは涙ぐむ。
ネメス、サキュバス、メチル、ウンディーネは互いに顔を合わせると、ニッと笑った。
「ここにいる僕たち四人の行く先は概ね同じ方向のようだ」
「みたいですね……!」
「そういうわけだから、魔王ちゃん、一発決めちゃってよー」
そう言われ、魔王ちゃんは四人の中心に手を差し出す。
三人はその手に自らの手を重ねる。
「私たちは世界を救う!! 人族も魔族もみんなまとめて、全員笑顔で暮らせる世界を作るんだ!! 青き炎なんかに負けてたまるか!!」
最初は一人の夢だと思っていた。
だけど、サキュバスちゃんや破壊神ちゃん、メチルちゃんやウンディーネの力も寄り合わさって……この願いは、きっと青き炎よりも大きく強く燃え上がる。
今はただ、その焔がこの世界中の全ての生命の意思に勢いよく燃え広がることを信じて……。
「魔王軍総員、全力で掛かるよ!!」
全員が拳を振り上げ、叫ぶ。
「青き炎を、私たちの心の炎で燃やし尽くせ!!」




