魔王ちゃんとメチルと覚悟の魔法 その四
瓦礫をどけて、砂埃の中立ち上がる甲冑。
――剣の亡者、レベル30
メチルは獣のようにかがみ、足元に魔力を充填する。
そこへ魔王ちゃんが右手を開き間に立つ。
「早まらないで。あれの剣技は本物……。連携して二人で追い込むよ」
魔王ちゃんの言葉に、メチルは彼女を流し見て、それから静かに立ち上がった。
横に並び拳を握る。
「お前が言うならそうしよう。魔王ネメス……」
魔王ちゃんは頷き、火炎剣を甲冑へと差し向ける。
今の一撃が入ったのは、横っ面への奇襲だったからだ。
もしも魔王ネメスが奴の気を引いていなければ、あの一撃は空振りだった。
始めに放った一本目の矢のように。
「ある程度削ったとはいえ、敵のレベルはまだ充分に高い。私が6でメチルちゃんが23。剣の亡者が30。バラバラに動けば各個撃破されるだけ」
「しかもお前の剣は残り一本。この状況では虎の子の火炎放射も些か躊躇われるな」
相手の剣の技量に対し、魔王ちゃんは手数の多い二刀流で対応していた。
火炎剣・右を失い一刀流となった今、魔王ちゃんは純粋な剣技ではあの甲冑に僅かに及ばない。
「だけど、私たちは今ここに二人いる」
「お前の剣と僕の魔法。これをひとつに合わせれば二刀流だ」
二人は構える。
魔王ちゃんは剣を。
メチルは杖を。
甲冑はバイザーの奥に炎を滾らせ剣を振り抜く。
そのままの勢いで駆けだし、横薙ぎに一閃。
魔王ちゃんが弾くのと同時に、メチルの拳が叩きこまれる。
咄嗟に逆手でガードした甲冑は、再度敵の腕に虹が瞬くのを見た。
「プリズムバーストッ!!」
――魔導士メチル、レベル18
――剣の亡者、レベル27
よろめく敵の頭部を、焦げ付いた右手でさらに掴みかかる。
この好機を逃す手は無い。
メチルは体内の魔力を一気にその右手に注ぎ込む。
今までの人生で蓄えてきた、全てを賭けて。
危機を察した甲冑は咄嗟に振り払おうと剣をメチルへと向けるが、その右腕を魔王ちゃんが斬り捨てた。
「メチルちゃん――私には分かるよ。その魔力の奥にあるあなたの努力、並大抵のものじゃない。だから、自分を信じて――」
虹の閃光が走る。
暗闇に七色の光が迸り、空間そのものを蹂躙する。
『行け、メチル』
その幻聴にメチルは叫ぶ
「プリズムバースト――」
右手で掴んだ頭部に、さらに左手を叩き込む。
「インフィニティ!!!」
瞬時、雷鳴の如き破裂音が連続して響く。
両腕から放たれる強烈な閃光。
七色が混ざり合い、視界の全てが白く塗りつぶされる。
幾度も魔力同士がぶつかりあい、反射し、狭間の空間を破壊する。
剣の亡者、レベル24――
魔導士メチル、レベル16――
剣の亡者、レベル21――
魔導士メチル、レベル14――
剣の亡者、レベル17――
魔導士メチル、レベル12――
皮膚が焦げ、肉が裂け、骨が削れ、神経が焼き切れる。
構うものか。
目の前の光は全属性の魔力の塊だ。
雷撃が走り火炎が焼き尽くし濁流が蹂躙し旋風が破壊する。
その全ての要素が、この両手の間に無限に反射し続ける。
互いにぶつかり合い、反射しあい、その中心では壮絶な破壊が繰り返される。
(これが僕の魔法の集大成……)
着弾地点で反射するプリズムバーストを両手の間に放つ。
二つのプリズムバーストは互いを反射しあい、その空間内に無限を形作る。
「今、ここに僕の全てを賭けるッ!!」
メチルはさらに魔力を込めた。
剣の亡者、レベル13――
魔導士メチル、レベル10――
剣の亡者、レベル10――
魔導士メチル、レベル8――
(あと一息……あと少しで!!!)
あと一歩で、甲冑とメチルのパワーバランスが逆転する。
痛みも、苦痛も、悉く燃やし尽くせ。
ここで止まるようなら、ここから先一歩も前に進めない。
覚悟を決めたのなら、ただ、真っ直ぐに貫くのみ。
剣の亡者、レベル7――
魔導士メチル、レベル8――
剣の亡者、レベル4――
魔導士メチル、レベル6――
(僕は最強の魔法使いになれる……そうだよね、お父さん?)
剣の亡者、レベル1――
魔導士メチル、レベル4――
(やれる……!!)
剣の亡者、レベル0――
魔導士メチル、レベル0――
(え……?)
視界の表示に、メチルは呆然とした。
魔導士メチル、レベル0――
この世界の生き物は、全て魔力によって生かされている。
すなわち、この表示の意味するところは……
メチルは自らの腹部に視線を落とした。
真っ赤に染まった籠手が突き刺さり、鮮血やらはらわたやら、色々なものが飛び出ている。
どうやら、この甲冑は死の間際に、この魔導士を道連れにすることに決めたらしい。
レベル2くらいのダメージなら、相手の腹に風穴ひとつ開ければ十分だ。
「なるほど。しかし……悪くない幕切れだ。僕は夢を見つけた。夢のために、覚悟を決めた。その覚悟は一切揺らがなかった。ただ、真っ直ぐに叩きつけた。それだけでも……以前の僕よりは……死んだように生きるよりは……断然マシだ……」
そのまま倒れ、魔導士メチルは事切れた。




