魔王ちゃんとメチルと覚悟の魔法 その三
魔力を削ったところで剣の亡者の技量は変わらない。
「キッ……はぁ――ッ!!」
剣戟が走る。
一対の刃が互いの喉元を狙い、殺しあう。
この魔物が防御魔法を使えないことはつい先ほどの火炎剣の放出で確認した。
あの炎を防がず、辻斬りナイフの追撃ももろに食らっていた。
突き出した左手はブラフじゃない。
この魔物自身、魔法を使おうとしているのだ。
「くぅ……!!」
押し込まれ、咄嗟に魔力放出して剣を避けるネメス。
軸足を固定して右回転からの跳び蹴りをかまし、そのまま足に魔力を込めて跳ねる。
一瞬隙が出来たが、こちらから攻め込むのは難しい。
一刀流対一刀流……。
二刀の手数で何とか凌いでいた先ほどまでとは違い、今ではただ互いの剣技による削り合い。
そして、剣の技量においてはあちらのほうが高いときた。
ネメスは間合いを取って、剣の亡者を見据える。
あれは自動化されたゴーレムだ。
このダンジョンの主ではない。
仮にこの甲冑がダンジョンの主だとすれば、あの左手の予備動作は辻褄が合わない。
魔法が使えないという学習能力も持っていないところを見るに、このダンジョンの完全な暗闇や、魔法阻害の術理など……巧妙で卑劣な魔法使い狩りの条件を整えた高位の魔族が、別のどこかにいるということになる。
剣の亡者が斬りかかり、魔王ちゃんはそれをすんでのところで回避する。
とはいえ、この魔物がレベリングされていることは確かだ。
使い魔を強力なものにするためか、もしくはある程度レベルを高め、自ら屠ることで餌として利用するのか。
どちらにせよ……
「やることのタチが悪い……ッ!!」
刃を受けて吹き飛ばされる。
姿勢を整え、メチルのほうへと目をやる。
血だらけの身体に、魔力が収束している。
(よかった!! 生きてる!!)
砕かれる地面。
ネメスは息を切らしながら跳び退き、火炎剣を構え直す。
魔王ちゃんは、今までの人生でメチルほどの人族の魔法使いは見たことが無かった。
人族でレベル20を超えるのは至難の技だ。
しかも、最初に放っていた虹の魔法、あれは全属性魔法だ。
「ハッ!」
斬り込み、すぐに間合いを取る。
あの魔物に近距離戦で致命打を与えるのは難しい。
魔王ちゃんは息を整え、メチルの回復を待つ。
全属性魔法――
それは全ての属性を兼ね備えた魔法の総称。
それ自体に大した利点はないのだが、全属性魔法は総じて発動難度が非常に高い。
メチルがネメスを追う際に使用していたあの魔法、プリズムバーストは着弾地点で七つの別属性の魔法となって拡散反射する。
あれが分裂して辺り一帯を焼いていたのはそういう仕組みだ。
魔王ネメスが躱すことを前提に、追撃まで発生する拡散魔法を放った。
あれの魔法使いとしての力量は超一級だ。
だから、ネメスは信じている。
メチルなら必ず、もう一度立ち上がってくれると。
絶叫。
その叫びにネメスはニヤリと笑う。
「僕は……僕は最強の魔法使いだ!!!!」
そうだ、この魔王はその言葉を待っていた。
もはやあちらへ意識を向けるまでも無いだろう。
こちらはこちらで、目の前の剣閃への対処で忙しい。
(メチルちゃん……頼むよ……!)
先ほどまでの拮抗状態は既に崩れ始めている。
片方の火炎剣でこの甲冑の相手は難しい。
もう、あと一回しか最大解放は出来ないのだ。
だからメチルには遠距離からの援護以上のものを望まなければこの戦いは勝てない。
彼女はその勝機を見つけられるか。
剣筋が二の腕を裂く。
魔王ネメス、レベル6――
甲冑のバイザーの奥、揺らめく炎が余裕の表情を見せている。
ネメスはそれに対してニっと口端を上げる。
「この程度で勝った気になられちゃ困るよ……。言っとくけど、今回の主役は私じゃないからね」
瞬間、甲冑の横っ腹に拳が突き刺さる。
虹が瞬き、轟音と共に爆発が起きた。
「プリズムバースト――ナックル」
魔導士メチル、レベル23――
吹き飛んだ右腕を修復し、メチルはグッと拳を握る。
これがメチルの新しい戦い方。
思えば、後方からの支援に徹するなんてガラじゃなかった。
最強を目指すのなら、最初から自分の力で戦いたい。
勇者シアンに頼りっきりの自分とはもうおさらばだ。
Q.最強の魔法使いとは何か
「A.最強の魔力、圧倒的な力、パワー……そして、諦めない心だ」




