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魔王ちゃんとメチルと覚悟の魔法 その二

 炎を揺らめかせ、甲冑はゆっくりと剣を構え直す。


 このダンジョン内では通常の方法では一切の魔法が発動出来ない。

 攻撃魔法、治癒魔法、防御魔法――


 その全てが封じられた環境。

 相手はその状況に適応した剣の魔物だ。

 魔法を封じ、物理的なパワーによってのみ相手を捻じ伏せる。


 剣の亡者、レベル48――


 しかし、魔王ちゃんにはひとつだけ気掛かりがあった。


「――ッッ!!」


 甲冑が駆け、魔王ちゃんの刃と鍔迫り合う。

 互いの刃が甲高い悲鳴を上げ、ギリギリと削り合う。


 ネメスがもうひと振りの火炎剣の切っ先を甲冑へと向けたと同時、剣の亡者は跳び退き、左手を突き出す。


(この動き、確かに防御魔法の予備動作のはず。だけど……)


 この空間内では、一切の魔法が発動出来ないはずだ。

 もちろん、防御魔法も同様に。


 ダンジョンの主であるこの甲冑だけが魔法を使えるという可能性も確かにある。

 しかし、それならもっと積極的に攻撃魔法を織り込んでくるはず。


(もしかしてブラフ……? いや、違う……。仮にそうだとしても、防御魔法が使えないのにそんな演技で私に警戒させるメリットが無い。リスクばかりで何の意味もない)


 切っ先が火花を散らす。

 二連、三連と互いの刃が閃光を撒き散らし、金属音が空間に反響する。


 魔王ちゃんが二刀流の素早さを武器とするなら、剣の亡者は純粋な力だ。

 そして、両者に共通するのは剣の技能。


 しかし――


「く……っ!!」


 弾き切れなかった刃を紙一重で回避し、僅かに掠めた頬に赤い線が一筋。

 続く連撃を二刀で受け、足元への魔力放出で無理やり距離を開ける。


 僅かにあちらのほうが"堪能"だ……。


 亡者はグッと足を踏み込み、地面が僅かに捲れ上がる。


(躱せない!! やられる――!)


「コイツ……!!」


 刹那、銀の閃光が弾けた。


 跳び込んできた亡者は即座に地面に足を食い込ませて急制動をかけ、横っ面に叩きこまれた刃に剣を叩きつける。

 一秒、二秒……実体のない刃との拮抗の後、銀の魔力は解けて霧散した。


「ありがとうメチルちゃん……。助かったよ」


 メチルの振り下ろしたナイフはボロボロと朽ちて崩壊していく。


「今の、完全にお前のほう見てたはずだろ。なんでこっちに気付くんだよ……」


 辻斬りナイフ・改の遠隔斬撃――


 使用回数一回の使い捨てという条件と引き換えに、威力・射程・速度の三拍子を高レベルで兼ね備えた中級破戒式だ。

 一本につき、魔王ちゃんのレベル一つ分も注ぎ込んだその一撃を、この魔物は真正面から受け止めた。


「怪物かよ……」


「ダンジョンの性質上、威力が減衰している可能性は考えられる。近距離ならあるいは……」


「無茶言うな!! 僕は遠隔支援特化型だぞ!!」


 メチルがそう叫ぶと同時、横薙ぎの一撃が魔王ちゃんへと襲い掛かる。


(速い!!)


 甲高い金属音と同時、右手に軋むような感覚が走った。


「ッ!!! 術式、完全開放――!!!」


 即時、視界の全てが火炎に彩られる。

 赤とオレンジ、僅かな黄色……。

 真っ暗だったパレットが圧倒的な暖色に彩られ、甲冑はよろめきながら後退る。


 剣の亡者、レベル39――


 今のでかなり削れたようだ。

 火炎剣が壊れる前に何とか使い切ったが……。


 しかし、これでもまだイーブンとは言い難い。

 魔王ちゃんはボロボロと崩れていく火炎剣・右をうち捨て、火炎剣・左を右に持ち替える。


「たたみかけて!!! メチルちゃん!!」


「分かっている!! これでも……!!!」


 三本の辻斬りナイフを指の間に挟み、メチルは大きく振りかぶる。


「くらえぇえええ!!!!」


 放たれた刃が、未だ燃え続ける甲冑をさらに削る。

 剣の亡者、レベル33――


(行ける――!!)


 そう思った瞬間、メチルは目の前に迫る巨体に思わず目を見開いた。


(え、はや――)


 ――――――――――。


 何が起こったのか、よく分からなかった。

 ただ、何もかもがぼんやりしている。


 瞼を開くと、何か赤いものが映っている。


(あれ、からだ……動かない……)


 全身が怠くて、ひどく寒い。

 ぼやけた目で視線を上げると、相変わらず、甲冑と黒の少女がやり合っているのが視界に映った。


 ただ、少女は何かを泣きそうな声で叫んでいる。

 耳もあまり聞こえない。

 何かを、こちらに呼びかけているのか。


(ああ、僕……ここで死ぬのか……)


 メチルはぼんやりとした意識の中、裂かれた腹部に手をやった。

 生暖かい何かが妙にぬめぬめとしていて、ただ、気持ちが悪かった。


「お、父さん……ごめ、なさい……僕、理想の魔法使いに……)


 そう呟いて、巻き毛の少女は静かに瞼を閉じた。

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『Mephisto-Walzer』

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