魔王ちゃん、サキュバスちゃんと合流する
鬱蒼と茂る草木をかき分け、魔王ちゃんは島の南端へとやってきた。
開けた視界の先には透き通るエメラルドグリーンの海が広がっており、青い空にはカモメたちが賑やかに飛び交っている。
「本当に南の島って感じだ……」
額の汗を拭い、砂浜まで歩いていき、久々に見る海にちょっとだけ入ってみる。
服が濡れないようにしながらちゃぷちゃぷと海水を触り、落ちていた貝殻を拾って波の音を聞いた。
「えへへ……ちょっとたのしいかも……」
黒のテリトリー、キュピス諸島。
地上界図では真っ黒に染まっていたこの土地も、実際には白のテリトリーと何ら変わらない普通の島々だ。
とりあえずはこのキュピス諸島を拠点に、魔王城の再起を図るのが当面の目標だ。
しばらく海辺の探索していると背後から肩を叩かれた。
「ひゃ、ひゃあ……!? なに!?」
びっくりして振り返ると、空中にふよふよと漂う露出の激しい少女の姿が目に映る。
彼女はニタニタとしながら「ぴーす」と指を突き出してきた。
「魔王ちゃんおひさー」
背中に申し訳程度の小さな黒い翼を生やし、ピンクの垂れ目に、同じくピンクの髪を肩の辺りで切り揃えた上級悪魔。
魔王軍幹部・"夢使いのサキュバス"だ。
「さ、サキュバスちゃんかぁ……もう! 驚かさないでよぉ~!」
魔王ちゃんが涙目で抗議すると、サキュバスちゃんは彼女の反応に楽しげに笑った。
「あはは、ごめんごめんー。今回は南の島に降り立つなんて、ちょっと変わった位置取りだねー」
「そうなの。前回は思ったより勇者ちゃんが来るのが早かったから、今回は見つけにくい場所がいいかなって」
ネメスの説明にサキュバスはうんうんと頷き、彼女の背後へと漂っていく。
「魔王ちゃんは賢いねー」
「からかわないでよぉ! これでも真剣なんだから!!」
サキュバスはニタニタと笑いながら相変わらず辺りを漂っている。
「それにしてもサキュバスちゃん、いいところに来た! 頼みたいことがあるんだけど!」
「うん? 大切な魔王ちゃんからのお願いなら、わたしなんだって聞いちゃうよー。あ、でも戦いは無しねー。疲れるからー」
「ありがとう! あのね、この前人族の王様宛にお手紙出したよね?」
「うんうん、頑張って人族の文字を勉強して、拙い文章書いてたねー」
「ば、馬鹿にしてるの!?」
「してないよー」
絶対にしてると思いネメスは手をわなわなとさせるが、一度深呼吸をして心を落ち着け、彼女の言葉はスルーした。
「それでね、あのお手紙、国王様に届く前に勇者ちゃんに処分されちゃったらしくて……それで、ね……」
勇者ちゃんに酷いことを言われたのを思い出し、目に涙が滲んでくる。
「魔王ちゃん泣かないで……」
「泣いてないよ……。それでね、そのお手紙がどこで誰に処分されたのか、どういう経緯を辿ったのかを調べてほしいの……」
「いいけど、なんでそんなこと調べるのー? 勇者ちゃんが処分したって言ってたなら、もうこれ以上調べても仕方ない気がするけどなー」
サキュバスは首を傾げ考え込むような仕草を見せる。
それに対して、魔王ちゃんは人差し指をピンと立ててウィンクした。
「ズバリ、気になるからだよ!」
「そういうところだよ魔王ちゃん」
「っていうのは冗談で……調べたいのはお手紙そのものじゃなくて、そのお手紙がどういう経緯を辿ったかなの。国王様宛の和平のお手紙を勇者ちゃんが勝手に破棄するなんて、絶対におかしいもん」
「言われてみれば確かにおかしいかもー」
和平の有無を決めるのは国王の役目だ。
勇者の一存で和平の機会をかき消してしまうなんて、認められているはずがない。
そもそも、極秘裏に郵送したはずの手紙をなぜ勇者が処分出来たのか。
「強力な探索系魔法の使い手が手紙に付いた魔の残り香を見つけてしまったか……それか魔王軍にスパイがいて情報が流出したとかかなー?」
スパイという言葉に魔王ちゃんは俯き、サキュバスはハッとしてあわあわと冷や汗を流し始める。
自分の信じている部下たちの中に裏切り者がいる、そんなことを言われれば誰だって悲しいはずだ。
サキュバスは魔王ちゃんの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫だよー魔王ちゃん。私たちみんな魔王ちゃんのこと大好きだよー?」
「実はね、あのお手紙のこと……サキュバスちゃんにしか話してないの」
沈黙。
魔王ちゃんと目線が合い、サキュバスは口元を引き攣らせる。
「あ、あれ……? もしかしてこれ、私が疑われる流れー?」
「……サキュバスちゃん」
「私はスパイじゃないよー?」
必死に両手を振るサキュバスに魔王ちゃんはにっこりと微笑む。
「うんうん! 分かってるよぉ~冗談冗談!」
「そういうとこだよ魔王ちゃん」
サキュバスは不機嫌そうに溜息を吐く。
「話がそれちゃったけど……結局何が言いたいかと言うとね、前回の手紙の失敗から何か重要な情報が得られるんじゃないかってこと! それを活かせば次こそは上手く和平が進むかもしれないでしょ?」
「うーん、まあ調べないよりはいいかもー。魔王ちゃん、基本いつも無駄死にだからー」
「ふふ……今回の私は頭脳派なのだ……」
「そういうところだよ魔王ちゃん」