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メチル、ダンジョン最深部へ到達する

 このダンジョンにはほとんど魔物が存在していない。

 ごく稀に小型のツノねずみやキラーラットがいるくらいで、それらもレベルは1~3くらいのもので、普段なら大した脅威とはなり得ない。


「いやぁああ!! 来るな!! 来るなぁああ!!!」


 そう、普段なら……。


 レベル3のツノねずみに追いかけ回されるメチル。


 つい先ほどこのねずみを見つけたメチルは、『先手必勝だ』と弓矢を取り出し、見事に外した。

 怒り狂ったツノねずみはメチルを追いかけ回し、彼女はこの雑魚から息を切らして必死に逃げ続けている。


 というのも、このダンジョン内において、メチルは一切の回復ができない。

 レベル3のツノねずみだろうが、少しでも手傷を負えば命取りだ。


 体内での術式生成が仮に可能だとしても、メチルにはそんな芸当を練習した経験はないし、無理をして失敗でもすれば目も当てられない結果に終わるのは火を見るよりも明らかだ。


 普通の魔法なら失敗すれば魔力が弾けて霧散する。

 それが体内で起きたとしたら……あまり考えたくはないものだ。


「は――ッ!」


 ネメスがツノねずみを仕留め、メチルは肩を上下させ、ぜえぜえと息を整えている。


「弓……難しいな」


「練習すれば上手くなるよ!!」


 仕留めたツノねずみを手慣れた手つきで捌き、血抜きをするネメス。

 今晩はこれが夕食だ。


 残念ながら、このダンジョン内でマトモな食物を得ることは難しい。

 この程度の食料でも食わないよりは断然マシだ。


 ネメスは両手の内部に魔力の炎を発生させ、その熱でツノねずみの肉を焼く。

 小さくて可食部も少ないため、とりあえず皮を剥いで丸焼きにする。

 無駄な部分は極力出したくない。


「熱いよ……痛いよ……」


 ぼろぼろと泣きながら肉を焼くネメスを、メチルは若干引き気味に眺める。


「お前ほんと頭おかしいよ……」


 黒焦げになった手を回復し、ネメスは焼けた肉をメチルに渡した。


「メチルちゃん食べて! 私は食べなくても死なないから!」


 メチルは受け取った肉を二つに分け、片方を魔王に返す。


「僕一人で食べるのは気が引ける。お前も食べろ」


 魔王ちゃんはぱぁっと笑顔になり、メチルの隣に座って肉を頬張った。

 調味料も何もないため、素朴な風味で若干血の味が残っているものの、そこまで悪くはない。

 しっかりと火は通っているし肉質も柔らかい。


 この真っ暗闇の中では温かい食事にありつけるだけでも、少しずつ心の緊張が解けていくからありがたい。


「お前、料理上手いんだな」


「え、えへへ……そうかなぁ……?」


 この数時間で、二人はある程度気を許せる仲になった。

 少なくともメチルはそう思っているし、魔王ちゃんについては言うまでもない。


「水については最悪さっきの地底湖に戻れば回収可能、食物は魔物を狩れば最低限なんとか……問題はこの先に脱出できる出口があるのかだが……」


 このダンジョンは太い一本道を中心に、細い道がいくつも枝分かれした構造になっている。

 二人はこの太い一本道を進んでいるが、その先に出口がある確証はない。


 二人は何の相談もなく、勘とおおよその憶測からこの道を進んでいる。


 魔法を阻害する術式をはじめ、この珍しい一本道のダンジョン。

 このダンジョンの主は魔王ちゃんやサキュバスちゃんのような、知能を持った高位の個体である可能性が非常に高い。


 魔法を封じ暗闇に捕らえ、一本道の奥へとおびき寄せる。

 徹底した人族対策だ。

 かなり用心深い相手であることが予想出来る。


 人族の目を暗闇で無効化し、魔法阻害で灯火も無効化。

 このダンジョンを攻略するには、魔法以外の攻撃手段を持ちつつ松明の用意も必要だ。


 しかし、この主はそれも許さない。

 不意打ちで穴へと落とし、恐らくは魔法使いだけを餌食にしている。


「レベリングのためのダンジョンだね……」


 そう呟く魔王ちゃんにメチルが息を飲んだ。


「レベルの高い魔法使いを無力化して狩ることに特化したダンジョンか。まんまとやられたわけだ」


 魔法と視覚さえ奪えれば、低レベルの魔物でもメチルのような高レベルの魔法使いを倒し得る。

 ここはそういう場所というわけだ。


「で、そのレベリングしてる魔物が……」


 魔王ちゃんは顔を上げ、向こうのほうへ視線を向ける。

 つられて松明をかざしたメチルは、暗闇の奥に聳える巨大な鉄の扉を見据え、ごくりと息を飲む。


「たぶん、あそこにいるってわけだ」


 ここに来るまでに出口らしい場所は見当たらなかった。

 相手の姑息さを鑑みても、そう易々と無傷で脱出できるようなダンジョンだとは思っていなかったが……


「なんにしても、この先にいる魔物がこのダンジョンの主というわけだ。主を倒せばダンジョンの術理も解除されるかもしれない。気張って行こう」


 魔法が使えない今の自分に、このダンジョンの主が倒せるか。

 正直自信はない。

 だけど、こんなところで止まってはいられないのだ。


 メチルは隣に立つ黒い髪の少女と顔を合わせ、ダンジョンボスへと挑む覚悟を決めた。

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『Mephisto-Walzer』

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