魔王ちゃん、夢を共有する
魔王ちゃんはぼろぼろと泣き、メチルはそんな魔王ちゃんにドン引きしている。
あれから三十分ほどかけて大量の装備を生成した。
創風月牙・改、もとい辻斬りナイフ改を十本。
紫電乱式・改、もといスパークレイピア改を一振り。
あとは特殊効果のない普通の弓を一本に矢を十本ほど。
これら全部、魔王ちゃんの脚の中で生成し引き抜いたものだ。
あまりの激痛に矢を一本作るごとにのたうち回り、弓を作成した際には十分もかけて引き抜いた。
おかげでネメスの体内魔力はかなり消耗し、彼女の現在のレベルは僅か8しかない。
「もうやだ……痛いよ……。もう嫌……もう絶対やらない……」
「お前頭おかしいよ……本当に……」
「うぅ、頑張ったんだから褒めてよぉ……」
この空間はダンジョンの特殊な術理によって支配されている。
空間内では術式を結ぶことが出来ず、それ故に一切の魔法が発動出来ない。
しかし、この術理は生物の体内までは支配出来ない。
魔王ちゃんはこの術理の穴をつき、体内で武器を生成したわけだ。
もっとも、こんなことを思いついたところで実行に移すような奴はそうそういない。
「それにしても、こんなに作る必要あったか? ナイフなら一本でいいだろ」
「ううん。これは使い捨てだよ。一回使ったら持ち替えて使って?」
ネメスはメチルに生成した武器の説明を始める。
辻斬りナイフ・改とスパークレイピア・改は銀翼竜との戦闘でサキュバスが使っていたものとほぼ同様の代物だ。
違いとして挙げられる点は、これらは"使い捨て"であるという点。
辻斬りナイフは無制限に斬撃を飛ばせたが、この辻斬りナイフ・改では斬撃を飛ばせるのは一度切り。
構造内部で術式を発動しなくてはならない都合上、先ほどまでの魔王ちゃん同様、術理を発動すると本体が壊れてしまうのだ。
その分本体の耐久性を度外視したので一撃の威力は比較にならない。
無印の斬撃飛距離が十メートルであるのに対し、この辻斬りナイフ改の飛距離は五十メートル。
実に五倍以上の性能向上だ。
スパークレイピア・改についても同様に放電威力が上昇している。
弓矢は雑魚への対処用に作成した。
毎回使い捨て武器を作り直していたら魔王ちゃんの気が狂ってしまう。
「使った矢は拾って再利用してね……それ作るの死ぬほど痛かったから……」
「そうするけど……なんでそうまでして人族の僕のために? 別に僕が死のうが、魔王のお前には関係ないじゃないか」
メチルの問いに魔王ちゃんは首を傾げる。
「なんで? 私とメチルちゃんはもう友達なんだから、守るのは当然でしょ? それに、魔族とか人族とか関係ないよ」
魔王ちゃんはパっと立ち上がり、くるりとメチルのほうを向いて、にこりと笑う。
「私の夢はね、領域戦争を解決して、人族と魔族が一緒に暮らせる世界を作ること!」
ネメスのその言葉に、メチルは思わず目を見開いた。
「魔族と人族が……一緒に暮らせる世界を?」
「そう! だって誰かが誰かを傷付けなくちゃいけない世界なんて嫌だもん……。メチルちゃんも、みんな仲良しが一番いいでしょ?」
問われた願いのあまりの屈託のなさに、メチルは何も言えなかった。
それはまるで子供が画用紙に描いたような理想の世界。
それが一番いいことは分かり切っている。
だけど、それが出来たら誰も苦労はしない。
この世界は、現実は……もっと非情だ。
「そんな世界だったらどんなに良かったか……でも、それは無理だ。青き炎は今も地上界を焼いている。魔族と人族のどちらかが滅びなければ、この世界は……」
消えてなくなってしまう。
そう言いかけたメチルの手をネメスがぎゅっと握る。
思わず顔を上げ、彼女の真っ直ぐな瞳と視線が重なった。
「私とメチルちゃんは友達になれた!」
急にそんなことを言い出したかと思うと、ネメスは二っと笑う。
「だったら、人族と魔族だって一緒に生きられるよ! 最初から無理とか言っちゃダメ! だって、やってみないと分からないもん!!」
「だけど……」
「出来るよ! 出来るったら出来る!! まだ方法は見つかってないけど……でも、そんな夢みたいな世界が叶ったら、みんな嬉しいと思うから!!」
何一つ根拠なんてない、それこそ本当に夢のような目標。
メチルは気が付くと、この途方もないことを言う……世界そのものへと挑戦状を叩きつけた魔物に、率直な疑問を投げかけていた。
「なんでそこまで言い切れるんだ……? どうしてお前がそれを願うんだ? 別に、お前ひとり楽しく人生を謳歌するくらいの猶予はこの世界にもあるだろう……?」
その問いに、ネメスは胸を張った。
「何言ってるの? 私は魔王なんだよ? 魔王っていうのは、魔族の王様のこと!! 王様はみんなの幸せを願うものでしょ? だから私はみんなが幸せになれる世界が欲しいの。どうせそんな世界を願うんだったら、魔族だけが幸せなんて悲しいことは言ってないで、人族のみんなも一緒のほうが絶対にいいよ!!」
願いを叶えるなら、自分が最初に言い出さないと。
それが王様の役割だから。
そう言うネメスを見て、メチルは視線を逸らした。
(魔王のくせに……)
自分は今まで何を願っていた?
そもそもこれから先のことなんて考えていたのか?
世界が終わるなんて実感も自分にはない。
ただ、故郷と弟たちが生きていればそれで……
そこまで考えて、ふと頭の中に未来の自分の姿が映った。
自分とは無関係だと言って、世界を救う魔王の姿を傍から眺め、彼女の救った後の世界で、なんともない様子で生きている自分の姿が。
自分で得ようとせず、他人任せで得られた平和の中で、それを当然のことのように享受する姿。
それが、人類最強の魔導士の姿なのか……?
「負けない」
メチルは呟く。
そして、顔を上げ魔王ネメスを真正面に見据えた。
パっと拳を突き出し、断言する。
「ダメだね。その夢は僕の夢だ!! お前が今しがた言った、空想的で甘ったるい、現実を舐め腐ったその夢……人類最強の魔導士メチルが頂いた。いいさ、人族も魔族も関係ない。全部まとめて"僕が"救ってやる!! 僕はお前なんかには負けない!! 心で負けたらおしまいだからな!!」
そう言い切ったメチルに、魔王ちゃんは瞳を輝かせて思いっきり抱きついた。
「わっは~!! メチルちゃん!! メチルちゃんメチルちゃんメチルちゃん~!!」
「やめろ、放せ!! なんなんだいきなり!!」
メチルに突き放された魔王ちゃんは、キラキラした瞳のまま食い気味に答える。
「メチルちゃんもこの世界を救うんだね!! じゃあ、この夢は私だけの夢じゃない!! これは、私たち二人の夢!! それに、いつかきっと!!」
それはみんなの夢になる!
魔王ちゃんの言葉に、メチルは視線を逸らす。
そんなつもりで言ったわけではないが……別に悪い気はしない。
「勝手にしろ……。ただし、世界を救うのはこの僕だ」
「うん!! 私も負けないよ!!」
ぴょんぴょんとはしゃぐ魔王ちゃんを見て、メチルは微笑む。
そして、ふと自分の心の中が少し軽くなっていることに気付いた。




