メチル、回想
ほんのりと暖かい光を杖に宿して、松明にして進んでいく。
すぐ隣には魔王ネメスがいるが、まあ、コイツを倒すのは後でいい。直接的に害が無いのなら今は利用してやるのも悪くはない。
なにせ、今は魔法が使えない。
この特殊な術理の結ばれたダンジョン内では一切の魔法が発動出来ないのだ。
「結構進んだね……」
魔王が何かを言っているが、相手にする必要はどこにもない。
だけど、なぜだかコイツのことを悪い奴だとは断言出来ない自分が、心の中に僅かではあるが居座っている。
自分の心を完全に誤魔化すほど馬鹿ではないし、器用でもない。自分に嘘をつくのは嫌いだ。だからやらない。
だから、自分のありのままを素敵だと言われた時――
『お前女のくせに"僕"とか言ってんの?』
昔はそう口に出して言われていた。
子供は正直だ。思ったことが水のように口から流れ出す。
はじめのうちはムキになって口論を挑んでいたのだが、結局は何を言っても無駄だと分かり、口喧嘩をするのはやめた。
『メチルちゃんってちょっと"アレ"だよね……』
こちらが煽りに乗らなくなると、相手もその態度が気に入らないのか、次第に陰口を叩くようになっていった。
はじめのうちは無意識だった悪意が当事者の中で形を持って現れ始め、自らのうちに流れる悪意の奔流に本人たちは抗えず、逆に流れに身を任せてこちらを攻撃してくる。
『その変な一人称やめたら? お前女なんだからさぁ……』
自分の中の違和感に気付いてはいるのだろう。
たけど、それを見てみぬフリをして、今まで通りに振る舞っているつもりでそれを続ける。一度言った手前、出した手を引っ込めるのは体裁が整わないということなのだろう。
自分の否を認めたくない。自分には否がない。
誰だってそう思いたいから。
勝手にさせろ。
放っておいてくれ。
お前たちの罪を問う気も、裁くつもりもこちらには無い。
ただ、気に入らないのなら放っておいて欲しい。
メチルが自らを"僕"と名乗るのは、幼少期に尊敬していた父の影響だ。
世界各地を渡り歩き、一流の魔法使いとして数々の困難を乗り越えた。
そんな昔話を聞いて、まだ幼かったメチルは父のようになりたいと思った。
それからしばらくして彼は病床に着き、やがて死んだ。
今ではアレが作り話だったことくらいは分かっている。
だけど、それでも父を尊敬する気持ちは一切揺るがない。
彼は、自分の心にこの願いを宿してくれたから。
立派な魔法使いとなって、故郷の弟たちを守りたいという願いを。
だからこそメチルは誰に言われても"僕"と言うのをやめなかった。
この程度のことすら簡単に曲げるようなら、父の話していたような魔法使いにはなれない。
彼が話していた魔法使いは、きっと彼の理想の人間だ。
それを私が……いや、僕が再現できたら、それはきっと天国の父も喜んでくれるはずだ。
だから、誰に理解されずとも、この信念を曲げようとは思わなかった。
馬鹿にしたければ、勝手に笑え。
僕はそんなことは気にしない。
そう思ってここまで来た。
未だに自分を理解してくれる人は現れていないけど、それでいいと思っている。
だからそれを素敵だと言われたとき、少しだけど、嬉しかった。




