魔王ちゃん、迷宮ダンジョンを探索する
それから数時間経った。
二人は迷宮ダンジョンを探索している。
「魔法使いちゃん危ないよ……一緒にここを出よう?」
「う、うるさい!! 僕は一人でここを出る。お前のような奴の手を借りられるか!!」
そう言いつつ、メチルは真っ暗闇の中を、壁に手をつきながら恐る恐る進んでいく。
見かねた魔王ちゃんが魔力を放出して灯りを点けると、メチルはキッと魔王ちゃんを睨み付ける。
「やめろ!! それを消せ、今すぐにだ!! 言っただろう!? 僕は魔族の力なんて借りない!!」
「でもこうしないと魔法使いちゃん何も見えないんでしょ?」
「見えなくて結構だ!! それに、それくらい僕にだって……」
メチルは躍起になって手のひらに魔力を集中するが、上手く放出することが出来ない。
魔王級の魔力量でもなければ、この空間内では魔力放出すら出来ないらしい。
「クソ……」
「いいじゃん、一緒に行こうよ~!! ね、私たちもうお友達でしょ?」
「友達だと!? ふざけるな!! お前僕の名前すら知らないだろ!!」
「じゃあ教えて? 私はネメス! 魔王ネメス!」
「知ってる! それにそういう話をしているわけじゃない! 僕はお前とは友達にならないし、名前を教えるつもりもない。それに、お前鑑定スキルを持っているんだろう! だったら勝手に調べればいいじゃないか!!」
喚くメチルに魔王ちゃんは少し困ったように隣を歩く。
「私は魔法使いちゃんの口から名前を聞きたいな。それにもう友達だと思うよ? だって膝枕したんだし」
「だぁあああああ!!?! そのことを言うな! 二度とそれを口に出すな! クソ……いくら限界まで疲れていたとはいえ、魔王ネメスの膝枕で眠るなんて……ああ、慈悲深き女神様、私のことをお許しください……」
「祈るときは"私"なんだ」
ネメスの言葉にメチルはぐっと奥歯を噛む。
「悪いか……? お前もどうせ痛い奴だって思ってるんだろう? 女なのに、自分のことを僕なんて言う痛い奴だって……。放っておいてくれ。僕は好きで自分のことをこう呼んでいるんだ」
突き放すような、自嘲気味な声音でそう答え、メチルは暗闇の中を暗中模索で進んでいく。
周りの奴のことなど気にする必要はない。
それが魔族の王ならなおさらだ。
「ううん。素敵だと思うよ! 魔法使いちゃんに凄く似合ってるし!」
ネメスのその言葉に、メチルは少しだけ立ち止まった。
「魔法使いちゃん……?」
「なんでもない」
暗闇の中を進んでいくと、突如何かの羽ばたく音が聞こえた。
メチルは何も見えない暗闇の中、思わず頭を抱えうずくまる。
「コウモリだね……。大丈夫だよ、魔物が出たら私が追い払うから」
「言っただろう……僕は魔族の手は借りない……」
そうは言うものの、顔色は悪いし足もガタガタと震えている。
ネメスは困った顔で悩む。
魔族は暗闇の中でも昼間のようにものが見えるけど、人族は違う。
きっと目の前の彼女の視界は真っ黒に塗りつぶされているはず。
魔力放出しても消せと言われるし、かと言ってこのままというわけにもいかない。
人族は食事をしないと次第に弱っていく。
魔王ちゃんは魔族なので、魔力さえあれば食べずに生きられるが、彼女の場合にはそうもいかない。
ダンジョン内で食料となるような魔物を狩って調理するか、早急に脱出しなければジリ貧だ。
魔王ちゃんは彼女を置いていくのは嫌だ。
かといって、このままのペースで進んでいては脱出の可能性は限りなく低い。
「……あ」
魔王ちゃんの声にメチルはびくりと肩を揺らす。
そして、目の前に微かな光が広がるのが見えた。
「凝縮された魔力が落ちてる……。どういう原理化は分からないけど、この迷宮ダンジョンの性質なのかな……?」
「魔力が落ちているだと……? 魔力は術式か依り代がなければ霧散して消失するはずだ。こんな状態で落ちているなんておかしい! お前が作ったものなのだろう!?」
「ち、違う違うよ……! 普通なら確かにこの状態の魔力は自然に留まれない。だけど、魔法使いちゃんも分かるでしょう……? ここは"普通じゃない"……。そうでしょう?」
魔王ちゃんの言葉に、メチルは暫し黙りこくり、それから魔力球を拾い上げた。
ほんのりと明るく、内部に密集した魔力がゆっくりと放出されている。
この放出速度なら三日は持つはず。
「……落ちていたものを拾っただけだ」
その呟きにネメスはほっと胸を撫でおろした。
実はそれはネメスの作ったものだ。
落ちていたという体なら、魔族の力を借りたということにはならないだろう。
とにかく、当面の目が見えないという一番の問題は解決した。
「じゃ、いこっか」




