サキュバスちゃん、決着を付ける
サキュバスは荒い息を整え、正面のカンナビスを見据えた。
あれから15分――
既に17本の刀剣類のうち6本は破壊した。
残りは両手の二振りに、宙に浮いたものが九本。
サキュバスのダガーは既に消耗しきって刃は剥げ、ただの鉄の棒にも等しい状態だ。
全身血だらけになり満身創痍のサキュバスをカンナビスは笑う。
「やるねえ~!! でもそろそろ限界じゃない?」
楽しそうに語るカンナビスに舌打ちする。
「どうだろうねー。あなたこそ魔力が薄れて来てるみたいだけどー」
二本の剣を弾き、三本目を躱して跳ぶ。
馬鹿め――
足の付かない空中では剣への対応が間に合わない。
カンナビスはここでトドメを刺すことに決めた。
最初はやり手かと思ったが、この判断は悪手だ。
両手の二振りを投げつけ、残った七本ごと、全方向からの攻撃を試みる。
「あーあ、死んじゃった」
この程度の相手なら黒のテリトリーを探せばごまんといる。
(残念だけど、楽しむ相手としては役不足だったよ)
カンナビスが指を鳴らすと共に、全ての剣がサキュバスへと突撃する。
「――ッ!!!」
その瞬間、カンナビスは自らの目を疑った。
全ての剣が弾かれた。
そして、逸らされた。
「魔法!? いや、違う…………」
魔法の発動は感知できなかった。
あの一瞬、予備動作なんて一つも無かった。
「まさか」
素手で逸らした?
「ご名答ー」
この悪魔は刃の無い峰や側面を指や膝で小突いて、最低限の動作だけで全ての刃を逸らして、攻撃を無効化したのだ。
次の瞬間、その悪魔は目の前にいる。
下段から、獣のように。
「コイツ――」
「ハッ!!!!」
打ち出された拳が鳩尾に食い込み、肺から空気が押し出される。
食い込んだ拳から燃えるような痛みが全身を駆け巡り、身体中の全細胞が激しく悲鳴を上げる。
カンナビスは血を吐いて吹き飛ばされ、壁に食い込んで倒れた。
「あまり暴力好きじゃないんだけどねー」
「ふふ……わざと跳んだんだ。そうだね、そうじゃなきゃおかしいもんね……」
カンナはぼそぼそと独り言を呟いている。
「攻撃を一点に、あの一瞬に集中させることで次の一瞬に反撃の機会を作る……。その一瞬をやり過ごせば逆転できるから……」
でも、そんなことが出来るのか?
たとえ一瞬、その一点に全ての攻撃が集約されるとはいえ、その一瞬のうちに、九つの攻撃への対処方法を即座に判断し実行することなど出来るはずがない。
人間・魔族の認知の速度を遥かに上回っている。
「あなた、勘がいいんだねー。大当たりだよ。普通なら無理だよ。でも私は普通じゃないからー」
サキュバスが拾った刃をカンカンと鳴らしながら近付いてくる。
カンナは乱れた前髪の隙間から目の前の悪魔を見上げる。
「私は夢の中に入れる。つまり、人の意識に干渉出来ちゃうわけなんだよー。で、もちろん自分の意識に干渉して、時間の感じ方も変えられちゃうわけなんだけどー……。そこで問題でーす」
さて、私は誰でしょう?
禍々しく輝く桜色の瞳の奥に、カンナビスは底知れない何かを感じ取った。
「そういえば自己紹介がまだだったねぇ……。お互いに。ふふ……誰だろう、高位魔族の誰かだろうけど……」
サキュバスはカンナの前髪を刀でそっと揺らす。
それからもう一振りの剣で首元から心臓の辺りまで軽くなぞっていく。
「私は夢魔サキュバス。魔王軍幹部序列一位。覚えておいてねー?」
「はは、なるほど。それは強いわけだ」
左右から襲い来る刃を弾く。
カンナビスはその間に建物の屋根へと跳んだらしい。
こちらを見下ろすカンナビスに、サキュバスはパッと両手の刀剣を捨てた。
「今日のところは逃げさせてもらうよ~!! また会おうね、私の運命の人!! それと、私の名前はカンナビス。次からはカンナって呼んでね~!!」
そう言って、カンナビスは建物の陰へと消えて行った。
わざわざ追うのも面倒だ。
こちらの消耗も激しいし、何よりいなくなった魔王ちゃんを助けに行かなければならない。
「ねえ、そこのあなた」
陰で観戦していたウンディーネに目を向ける。
先程まで自分とはレベルの違う戦闘を繰り広げていた相手に声を掛けられ、ウンディーネは肩をびくりとさせた。
「あなた……魔王ちゃんの何?」
尋常ではない圧力にウンディーネは震え上がる。
「ひえ……。ただの初対面の人です…………」




