勇者ちゃん、帰還する
「うぇーい!! 酒うめーーー!!!」
勇者シアンは王宮へと帰還する道すがら、かつてのパーティメンバーだった魔導士メチルの故郷へとやってきていた。
「おいシアン、飲み過ぎだぞ」
「ひひ……あのマヌケな魔王、ゴミムシみたいに踏み躙って殺してやった! 死体を蹴って殴ってぶっ飛ばして、ボロ雑巾みたいになるまで壊して犯して潰し尽くして……」
「お前は本当に相変わらず魔王のことばかりだな」
メチルは長い前髪を弄りながら呆れたような声を出す。
彼女、魔導士メチルはかつて勇者パーティの一員として魔法支援を行っていた少女だ。
長い栗色の巻き毛を腰の下まで伸ばし、ごわごわの白いローブで小柄な体をすっぽりと包み込んでいる。
そんな彼女のほうへと視線を移すと、シアンの視界にステータスが表示された。
魔導士メチル、レベル25。
ミノタウロスのレベルが28、魔王ネメスがレベル36だったことを考慮すると、まだ彼女の技量では魔王城の攻略は難しい。
シアンの視線に気づいてか、メチルはむうっと頬を膨らませる。
「シアン……人のステータスを勝手に覗き見るな。いくら女神の加護によって鑑定を許されているとはいえ、僕にもプライバシーというものがあってだな……」
「悪い悪い。じゃあ代わりに透視でもさせてもらおうかな?」
シアンの冗談を本気にとったのか、メチルは顔を真っ赤にして手で体を隠した。
シアンはジョッキに入ったビールを一気に傾け喉を鳴らすと、深刻な表情で窓の外を眺めた。
先ほど見た通り、勇者パーティのメインメンバーであった彼女のレベルですら25という数字を越えられない。人並み外れた才能と女神の加護を受け取ってなお、この数字だ。
人類と魔族の領域戦争が硬直状態となっている最たる理由がこの"レベル"だ。
人類の過半数はレベル5で成長が止まり、一部の秀才がレベル10の大台を超え、数百年に一度の天才がレベル20の領域へと足を踏み入れる。
しかし魔王軍の戦力は人類のそれを遥かに上回る。
下級の魔物でもレベル10に到達するものは少なくないし、上級の魔物ともなればメチルと同等以上のものが立ちはだかる。
むしろよくこんな戦力差の中で、今の今まで人類側が白のテリトリーを守っていられたものだ。
「薄汚い魔族めが……」
シアンの呟きにメチルが視線を足元に落とす。
いくらシアンが強いとはいえ、結局それは一人の力にすぎない。
シアンが介入出来るのは、世界各地で起こっている領域戦争のほんの一部。
だからこそ、魔族の親玉である魔王ネメスを直接叩かなければならない。
「シアン、僕たちは君の力に頼らざるを得ない。千年に一度の才能を持った、真に女神に愛されし君に……。それが世界を救う唯一の方法だから。そのために僕は全力で魔王ネメスの居場所を突き止めるよ。探索魔法に限って言えば、僕は君より優秀だ。大丈夫、次も絶対に見つけ出すから!!」
メチルの言葉にシアンは笑う。
「ふふ……またアイツをぶち殺がさなくちゃね……。薄汚い魔族を根絶やしにするために……」