サキュバスちゃん、カンナビスを相手取る
振り下ろされた刃を躱し、翻された刃の側面を弾き距離を取る。
無理やり距離を詰めてくる刃物女に、何とか素手で対応する。
峰を小突き側面を押し出し、切っ先を躱してやり過ごす。
サキュバスは攻撃系の魔法を持たない。
基本的にはいつも夢の中を渡り歩き人族の情報を集めている。
レベルも16と高位魔族の中では控えめであり、銀翼竜相手に10以上もレベルに差を付けられている。
端的に言って、戦闘要員ではないのだ。
面倒臭がりで低血圧。
昼間は眠くて眠くて仕方がないため、出来れば活動カロリーを抑えたい。
可能であれば毎日眠っていたい。
それが夢魔サキュバスの生き方だ。
それなのにこんな面倒事を引き受けているのは、全てあの魔王ネメスのせいだ。
「――ッ!!」
なんとか切っ先を弾き、相手の籠手を蹴り上げる。
体制を崩した隙を見て相手の間合いの内へと突出しようとしたその瞬間、相手は剣と刀を手放しナイフとダガーに持ち替える。
サキュバスは判断を変え現状の距離を保ったまま相手の動きを見定める。
「……」
魔王ちゃんは誰かが死ぬことを極端に嫌う。
魔族だろうが人族だろうが、意思を通わせることの出来る存在であればその命は奪わない。
それは命の重さを背負うことから逃げているという意味ではない。
あの魔王は、本心から相手の命を尊重している。
もちろん、領域戦争の中では多くの命が失われている。
そのうちの幾ばくかは……いや、ほとんど全てが魔族の王たる魔王ちゃんの背中にのしかかっている。
誰かが死ぬたびに、誰かが誰かを殺すたびに、魔王ちゃんの心の負担は増えている。
それを思うと、サキュバスはどうしても目の前の女のことが許せなかった。
「アハハ!! 楽しいねえ!! もっと殺しあおう? もっともっとたくさん斬りあおうよ!!!」
二振りの刃を紙一重でいなし続け、サキュバスは舌打ちする。
コイツは殺しを愉しんでいる
本当なら今すぐにでも逃げ出すところだが、サキュバスが一人逃げ出せば次はあの水の高位魔族がやられる番だ。
魔王ちゃんが守ろうとした彼女を見殺しには出来ない。
不本意だが、目の前のコイツも出来れば殺さずに対処したい。
「出来れば――だけどねー!」
一方的に防戦を強いられていたサキュバスによる反撃の一手。
一瞬の隙を突いて繰り出された超絶技巧。
精密にして確実な一撃が三つ。
ひとつめがナイフを叩き落とし、
ふたつめが怯んだダガーを絡め取り、
みっつめが相手の胸元へと叩きこまれる。
ふらふらとよろめきながら後退していく刃物女。
これで何とか一振りの得物を手に入れた。
魔王ちゃんがいれば破戒式でもっと強力な武器を入手出来たのだが……
今はこの一振りの、間合いの短いダガーに頼る他道はない。
サキュバスはダガーを構え、刃物女は呼吸を整える。
刃物女は顔を上げ、キラキラした瞳でサキュバスに語り始める。
「あなた凄いね~!! 武術の達人か何かかな~!? 私の剣技、今まで素手で対処出来たのは一人もいないんだよっ!? というか、剣や魔法を使っても、二人しか生き残れた人はいなかったけど……あなたって本当に凄いね!! これ絶対に運命だよ!!」
「気持ち悪いなー……私、あなたのこと嫌いー……。だって斬ってくるしー」
「気持ちを伝えるには刃物が一番!!」
「話通じないなー」
「言葉なんて見せかけで空虚だからね! 私はもっとその人の本質が見たいの! だから、命と命をぶつけないとね!!」
刃物女は空いた両手をぱっと開いて見せる。
そして片方を天に、もう一方を地に向ける。
「見てて!! これが私の本気!! 最高位魔法剣術――七天八刀!!」
瞬時、金属の擦れ合う音と、ぶつかり合う音が辺り一帯に響きだす。
彼女の持つ全ての刃が鞘を離れて宙を舞い、上下に一対の牙を作り出す。
サキュバスはちらりと後ろのほうを確認する。
魔王ちゃんが守っていた高位魔族が、壁に隠れてちらちらとこちらを観戦している。
いや見世物ではないが。
とっとと逃げろよマジで。
「えへへ、これが私の出せる最強の魔法剣術……七天八刀!! 両手の刃と上下の刃、それぞれ合わせて十七刀流!! さあ、あなたは全ての刃を躱せるのかな~!?」
サキュバスは背後の魔物に「逃げろ」と視線を送るが、ウンディーネは「頑張れ!!」とガッツを送ってくる。
マジで逃げろよ。勘弁してくれ……。
サキュバスはそう思いながら、一振りのダガーを水平に構え、その峰に左手を添えた。
「仕方がないなー。まあ、相手してあげるよ。どこからでもかかっておいで。全部叩き折ってあげるからー」




