三陣営、混戦
魔王ちゃんの人生は"くるしい"の連続だった。
たくさん殺されて、たくさん痛めつけられて、たくさん酷いことを言われて、たくさん悲しくて、たくさん泣いた。
だけど、その"くるしい"の中にも、ほんの少しだけど"たのしい"が隠れていることを魔王ちゃんは知っている。
今日だってそうだ。
美味しい料理を作って、みんなに喜んで食べて貰えた。
店長はお給料をくれるし、雑貨屋さんのお姉さんはアクセサリーの選び方を教えてくれた。
すごく嬉しかった。
どんな苦境の中にいても、楽しいことはいつだって見つけられる。
苦しいだけが人生じゃない。
たとえそれが大部分を占めているとしても、ほんの一粒の幸せを噛みしめられる時間が、人生のどこかには転がっている。
だからこそ、魔王ちゃんは悲しくてたまらない。
白のテリトリーに住んでいる人たちも、みんないい人たちなんだ。
魔族だからとか、人族だからとか、そういう考え方はしたくない。
種族なんて関係ない。
領域戦争なんて世界の都合だ。
店長にも、お客さんにも、あのお姉さんにも関係ない。
人族と魔族が違う存在だからなんて、そんなの理由にならない。
だってみんな違うから。
初めからみんな違って、みんな大切だから。
そこに人族も魔族も関係ない。
「死ねッ!! ネメス!!」
発動エフェクトの発光を見切って、虹の閃光を回避する。
回避地点の屋根には、半透明の魔力の膜を残して、虹の威力を減衰する。
完全に防ぐことは出来ないが被害を減らすことは出来る。
この家の人たちに流れ弾が当たったら、それこそ魔王ちゃんは悲しい。
泣きそうな顔になりながらネメスはウンディーネを抱え、郊外のほうへと向かう。
大通りでの戦闘は被害が大きすぎる。
とにかくここから離れなくては。
「逃げるな!!!」
新たな発光。
ウンディーネが何か騒いでいるが、今はそちらに意識を割いている余裕がない。
あの魔導士――、
全力で逃げるネメスに追随している。
あの力量の魔導師がレベル消費を気にせず攻撃してきたら……
「魔法を撃つのをやめて!! ここは危ないから!!」
「お前の口車には乗らない!! ここでお前を消さなきゃ!! そうでなきゃもっと被害が拡がるんだ!!!」
次の一撃は中和出来ない。
予備動作に垣間見た魔力の奔流に魔王ちゃんはそれを悟った。
「痛くしてごめん……。下位破戒式――雷鳴即穿」
人差し指から放った魔力弾がメチルの肩を貫く。
入れ違いに放たれた虹は狙いが逸れ、明後日の方角の上空へと消えていく。
「クソッ!!」
後方から追ってくる魔術師に意識を向けつつ、魔王ちゃんはこの先の対応を考える。
女神の加護。
それは勇者の仲間にのみ与えられる高位スキル。
持つ者によりその特性は変わるものの、相手の保有スキルにはおおよその検討が付いている。
たぶん、相手が持っているのは鑑定スキルだ。
魔王ちゃんと勇者ちゃんの持っている、視界に映った相手の能力値を即座に知覚する高位スキル。
魔王ちゃんの魔力によるカモフラージュを見破って、なおかつ初対面で「魔王ネメス」と口走った。
鑑定スキルを持っていなければ辻褄が合わない。
ろくな準備も出来ずに勇者側に見つかったのは痛いが、そこまで先のことを考えていても仕方がない。
まずはこの状況を何とかしなければ……。
「郊外まで遠い……このままじゃ被害がもっと拡がる……」
そう呟くと同時、屋根に着地したはずの足が滑った。
「――ッ!?」
「ひ――っ」
ネメスとウンディーネは屋根から落下し、地面に着地――
出来なかった。
「下位魔導波――!!!!」
突き放されたウンディーネが最後に見たのは、地面の中へと消えていくネメスと、それを追って"見えない穴"へと落ちていくメチルの姿。
「ネメスさん!?」
ウンディーネはネメスに突き飛ばされ地面に尻餅をつき、それから二人が消えていった地面に飛びかかる。
高位の術式だ。
既に二人は"見えない穴"によってどこかへと隔離されてしまった。
使われたのは恐らく土属性の"落とし穴"
そして風属性の"屈折"
穴を作った土属性の魔法使いと、それを隠した風属性の魔法使いの二人がいるはず。
ウンディーネにはその二つに思い当たる人物がいる。
魔力が消失し普通の地面に戻ってしまったそこには、魔王ちゃんがサキュバスちゃんに買ったプレゼントの小包だけが残されている。
ウンディーネはそれを拾い、辺りを見回す。
「シルフィ……? ノーム? あなたたちなの……? ここにいるんでしょう!? どこにいるの!? 二人をどこにやったの!?」
辺りを見回し一人で騒いでいるウンディーネに、道行く人々はヒソヒソと遠巻きに眺めている。
「みぃ~つけた、私の……運命!!」
脇を捕まれ壁に投げ飛ばされるウンディーネ。
衝撃に噎せ返り、涙目で先ほどまで自分がいた場所に視線を合わせる
「運命がキラキラしてる! ねえ、あなた高位魔族だよね!! 美味しそう!! 早く、ねえ早く早く殺りあおうよっ!!」
「こわいなー……ねえ、そこのきみー。大丈夫ー?」
赤い髪の女は両手に剣を構え舌舐めずりを、対してウンディーネを投げ飛ばした悪魔のほうは徒手空拳だ。
流し目で問いかける悪魔にウンディーネは無言で頷く。
「それならよかったー。とりあえず、逃げなー? コイツ結構ヤバそうだからー」
次の瞬間、二つの魔力がぶつかり合った。




