メチル、運命と出会う
――10分前
――パルパ半島、テトの街
「で、本当にここに魔王がいるのか……?」
メチルは隣を歩く赤髪の少女に問う。
「分かんないよ~! いるかもしれないし、いないかもしれない。だって勘だからね!!」
でも、いたら運命だね。
カンナビスはそう言って口端を上げた。
彼女の笑みにメチルは顔を逸らし、辺りに魔王がいないか、期待せずに探している。
メチルは昔からカンナビスのことが苦手だった。
初めて出会ったあの日から。
何かと勘だの運命だのと口走っては突拍子もないことをしでかし、その後のあと片付けはいつもメチルの仕事だった。
身体能力に長け、あらゆる道具を我が身のように扱う彼女は正しく剣聖とも呼べる存在だろう。
しかし、彼女はそうは呼ばれない。
剣鬼――
彼女のその呼び名の由来は、カンナビスの持つ異様な思想そのものの具現だ。
戦以外に価値はない
人生とは討ち死にするまで延々と続く殺しあいのゲームであり、刃物と魔法を通じてのみ相手の価値を推し量る……彼女の内面を言語化すれば、おおよそこれで間違いは無いだろう。
戦いこそが生きる意味であり、強さのみが唯一にして絶対の価値である。
メチルはたまに、そんなカンナビスの目が怖いと思う時がある。
それは自分を見るときだけではなく、シアンを見ている時にもそうだ。
今なら殺せるかな?
そう、瞳が語っているのだ。
自らより強き者を殺す。それはカンナビスにとって至上の快楽だ。
彼女が曲がりなりにも人間社会の中でやっていけている理由は、徹底的に弱者に興味がないという一点のみによって支えられている。
正の感情も負の感情も、弱者に対しては持ちえない。故に、そこにいる八百屋のおじさんも、カンナビスにとっては路肩の石ころも同然だ。
だけど、それで良かったとは思っている。
彼女が快楽殺人鬼であれば、あの八百屋は鮮血に染まっていたことだろう。
だが彼女は彼を路肩の石ころだと思っている。
石ころを殺そうと思う人間はいない。
しかし、相手が殺すに足る強者だと知ればその牙を隠そうとしない。
カンナビスはそういう人間だ。
「……僕はあっちを見てくるよ」
「ふーん、メチル……意外といい勘してるね!!」
「なんだよ……何が言いたい」
「ううん、私もそっちに行こうか迷ってたんだ~! 強い運命が二つある……だからどっちを食べようかって迷ってて!! メチルがそっちの運命を選ぶなら、私はあっちの運命を愉しむことにするよ~!!」
「またわけのわからないことを……」
「うふふ……頑張ってね、最強の魔導士さん!」
メチルはカンナビスと別れ、裏路地のほうへと進んで行く。
この辺りは一からテイムする術を持たない下位の使役術師のために捕まえ、テイムを掛けた魔物の売買が行われているテイマー市場と呼ばれる通りだ。
魔物の檻の並ぶ通りを歩いていると、ふと視界の先に一人の女の子が見えた。
長く伸ばした黒い髪に、触れれば溶けてしまいそうな白い肌。
血のように赤い瞳と、異様に透き通った声を持つ、この場所にはあまりに場違いな美しい少女。
メチルは思わず目を見開き、暴れ回る心臓の動悸を必死に抑えて物陰に隠れた。
もう一度、彼女のほうに視線を合わせる。
――魔王ネメス、レベル18
「ありえない……そんな馬鹿なことがあるか!!」
メチルの故郷の村からこのテトの街までは、馬車に乗って三日ほどの距離だ。
そんな場所に魔王ネメスがいる。
あの、人族に仇名す魔族の王――
世界の全てを黒に染め上げ、人類を滅ぼすと言われる災厄の化身。
それが、こんな場所に……
一度故郷に戻って、王宮へと向かうシアンと合流するか?
ダメだ、シアンは教会で転移を行っているはずだ。
どこに行ったかは聞いていない。
それならカンナビスと合流するか?
ダメだ、アイツと合流している間に魔王を見失ったらどうする。
最悪、今日の夜にでもここは戦禍の炎に見舞われることだろう。
「僕がやるしかない……なんとしても……」
故郷とこの街を守る。
そのためなら、メチルには全てを投げ出す覚悟がある。
「僕の全てを賭けてお前を殺す。魔王、ネメス――!!」
白のローブを翻し、巻き毛の少女は運命を歩みだす。
その先にいる黒の少女が、自分にとってどのような存在になるのかも知らずに。




