魔王ちゃん、襲われる
「るんる~ん! えへへ、ここ最近は何もかも上手く行ってて気分がいいなあ! きっとこのまま、全部上手く行くよねっ! 今までひどい目に遭ってたのは運をチャージしてたってことだと思うし! ってことは、もっともっと良いことあるかも!?」
さっきの髪飾りをサキュバスちゃんに送るために、綺麗な包装紙を買って包んで、可愛い便せんも用意して、いつものお礼を書いて差し挟んだ。
言葉に出して話す機会がなくても、これを魔王城にあるサキュバスちゃんのベッドに置いておけば、いつか気持ちは伝わると思うから。
魔王ちゃんはこの先のことを思い浮かべ、ニッコリ笑顔で大通りの帰路に着く。
「っとその前に、次に買う魔物を考えとかないと。少しテイマー市場でも見て行こうかな~」
ふと思い出したように、魔王ちゃんは路地裏のテイマー市場へと入って行く。
ミニドラゴンに凶骨、噛み付きモルモットに爆弾トゲネズミ……。
今まではベーシックスライムしかいなかったから何でも良かったが、これからは雷トカゲがいることを前提に、生態系の捕食者・被捕食者関係を考えていかなければならない。
「う―ん、結構悩むなあ……。爆弾トゲネズミは面白い魔物なんだけど、雷トカゲと同じ階層かつ少し相性が悪いから、繁殖前に死んじゃうかもしれないし……」
魔王ちゃんが悩んでいると、奥のほうから女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。
恐る恐る近寄ってみると、檻の中に一人の魔物の女の子が座って泣いている。
長い青い髪に、白のボロ布を纏った少女。
瞳の色は髪と同じで、どこか儚げな印象を漂わせている。
そして何より特徴的なのが、全身が僅かに透けている点だ。
魔王ちゃんとこの女の子を挟んで、向こう側の壁が少しだけ透けて見える。
「ぐす……ひぐっ……誰かぁ……助けてくださーい……ぐす……」
「ねえ、あなた何の魔物?」
魔王ちゃんが声を掛けると、半透明の女の子はぐずぐずになった泣き顔を上げて魔王ちゃんを見上げた。
その瞬間、女の子はぶわっと泣き出してしまう。
「うああああん!! 買わないで!! 私美味しくないですからぁ~!!」
「お、落ち着いて……ここで食材買う人なんていないよぉ。ね、私にお名前教えて?」
魔王ちゃんはかがみ、女の子に視線を合わせる。
見た目の年齢は魔王ちゃんとそう変わらない。
もしかしたら、友達になれるかもしれない。
「わ、私はウンディーネ……水を操る魔物ですぅ……」
会話が通じるあたり、高位魔族であることには間違いない。
名前も聞いたし失礼にはあたらないだろうと判断し、魔王ちゃんは加護の力を使った。
ウンディーネ、レベル9
高位魔族にしてはレベルが低い。
大規模魔術を使った後のようにも見えないし、単純にレベルを上げていないだけだろうか?
それにしても、なぜ高位魔族が檻の中にいるのか……。
この程度の檻など、少し捻れば破壊出来そうなものだが……。
「私は魔族のネメス。ねえ、あなたなんで檻から出ないの?」
「出ないのって……出れないからに決まってるじゃないですか!! 馬鹿にしてるんですか!? いい度胸ですね!! ええ、私はどうせ、高位魔族なのにこの程度の檻も破壊出来ない非力な出来損ない魔族ですよ!! うわああああああん!!!」
ウンディーネは泣きながら檻にガジガジと齧りつく。
頑張ってはいるようだが、どうにも檻に傷が付く様子は見られない。
魔王ちゃんは店主のほうに視線をやった。
こくりこくりとうたた寝に耽るスキンヘッドの男を尻目に、魔王ちゃんは腕を組んで悩む。
「これ、窃盗になるのかな……」
「助けてよぉ!! そんなのどうでもいいでしょう!? あなたも魔物なら人族のことなんて関係ないじゃないですかぁ!!」
「でも私、あまり揉め事は起こしたくなくて……出来れば二人とも幸せになってほしいよ……」
「檻の中から出られないと私一生幸せになんてなれないんですけど!?」
魔王ちゃんはウンディーネを助けたい。
しかし、間違った方法で助けるのはいかがなものか。
もしウンディーネを助けることで、そこのスキンヘッドの店主がくいっぱぐれてしまったら……。
こんな路地裏で怪しげな商売をしている彼にも、家に帰れば愛する妻と可愛い子供たちがいるかもしれない。
「死ね!! 魔王ネメス!!!」
刹那、虹色の光が地面を砕いた。
着弾地点でバラバラになった七つの魔力の束が、レーザーよろしくそこここの壁を焼き溶かして消失する。
「ひ、ひぃいいいい!!!」
「なんだなんだ!? ひ……死ぬ……」
「外したか……」
怯えるウンディーネと店主を小脇に抱え、ネメスは建物の屋根の上で虹の魔法の主と対峙する。
「街中で……魔法使うの、やめて……。危ないよ……」
魔王ちゃんは命綱を繋いだ店主を地上へと投げ、店主は地面にぶつかる直前で宙吊りにされる。
泣きながらロープを解いて逃げていくスキンヘッドの店主を見送ると、魔王ちゃんは辺り一帯に張っていたバリアの魔法を解除した。
先ほどの魔法の威力は尋常でないものだったが、魔王ちゃんの魔法のお陰で誰も怪我はしなかった。
だけど、一歩間違えたら……それを思うと、ネメスは足が竦んで呼吸が乱れてしまう。
だけど怖がっている場合じゃない。
まだ守らなくちゃいけない人たちが沢山いるのだ。
ウンディーネもそうだし、街の人たちも……。
あの中には、さっきまで魔王ちゃんの料理を喜んで食べてくれていた人たちだっているんだから……。
視界の先の相手に視線を合わせる。
魔導士メチル、レベル25――
腰まで伸ばした栗色の巻き毛が特徴的な、全身を白のローブで覆った魔術師の少女……。
彼女は身の丈ほどもある大きな杖を翳し、こちらを睨む。
「いつまでもシアンにばかり任せていられるか……。カンナ、これは先に見つけた僕の手柄だ。……魔王ネメス、覚悟しろ! お前の悪行も今日ここまでだ!!」




