サキュバスちゃん、魔王ちゃんをストーキングする
「いらっしゃいませー! 今日のオススメはタラのトマトソースグリルだよーっ! はやめに注文しないと品切れしちゃうかもだよーっ!」
厨房から顔を出した魔王ちゃんは、コック帽にエプロン姿でぴかぴかの笑顔を見せる。
店のお客さんたちはその声に大盛り上がりだ。
「トマトソースグリル一皿!!」
「こっちにも頼む!」
「コック長! 今日も可愛いぜ~!!」
「もちろん料理も最高だぁー!!」
「え!? か、かわいい……? そんなぁ……照れちゃうよぉ~っ!」
照れ照れと厨房に戻っていくネメス。
フライパンで炒めていた具材の汁気が飛んだのを確認し、パラパラになったお米を皿の上に盛りつける。
エビとアサリで彩られた黄金色のピラフがテーブルへと運ばれていく。
「お待たせしました。新任コック長特製のエビピラフです」
「どうもー」
変装したサキュバスは食事を受け取り、サングラス越しに、新任コック長もとい、魔王ちゃんこと「魔族の王ネメス」を凝視している。
(魔王ちゃんは一体何をしているの……!? なんで人族のお店で働いてるの……!? どんな経緯? 何の意味があって? 全く意味が分からない……)
サキュバスちゃんは料理を運んできたウェイトレスにチップを払うと、ピラフを頬張り、その美味しさに思わず頬に手を当てた。
「おいひぃ……じゃなくって!!」
緩んだ表情を元に戻し、厨房のほうを監視する。
魔王城を抜け出してから数日、サキュバスはパルパ半島に上陸し情報収集に徹していた。
朝は自らの足で歩きまわり、夜は人々の夢の中を渡り歩き、この辺り一帯の情報はだいたい把握出来た。
そんな中で、食事でも取ろうと偶然入ったのがこの店。
厨房でネメスが料理をしているのを見つけて大慌てで髪型を変え、偶然持っていたサングラスで変装をして今に至る。
(魔王ちゃん……とうとう気が狂っちゃったのかなー。心配……)
実の話、サキュバスはもう怒っていない。
というか、あの日魔王ちゃんがうそ泣きをする直前まではもう許してあげようと思っていた。
本気で心配していたところにうそ泣きをして、「てへっ! うそ泣きでしたー!! にっしっしー、サキュバスちゃーん? 実はなあに~??」と小馬鹿にしたような発言をされ、ついイラっときて出て行ってしまったのだ。
今では既に冷静になって許せているが、あの時クソ女だと思ったのは本当だ。
でも早く仲直りしたいし、魔王ちゃんを一人で放っておくのは不安だ。
それなのに未だにこうして遠巻きに彼女を眺めて声を掛けられずにいるのは、このまま戻って本当にいいのかという"迷い"のせいだ。
今までもサキュバスちゃんは魔王ちゃんのことを甘やかしてきた。
それはもう散々甘やかして、たとえダメなところがあったとしても、そう強く指摘することはしないようにしていた。
魔王ちゃんのメンタルは脆い。
そうでなくとも、毎回勇者に惨殺されて、精神的に追い詰められているのはサキュバスの目から見てもよく分かる。
だから、せめて自分が出来る限り優しくしてあげたいとは思う。
だけど、こうしてサキュバスが甘やかし続けて、魔王ちゃんが自分で自分の命を投げ捨てるようなことをするのなら、それは絶対に嫌だ。
自分の命を簡単に捨てられる存在など生命として正しいはずがない。
なにより、サキュバスは友達にそんなことをしてほしくない。
だけど魔王ちゃんは平気でそれをする。
痛いことも、苦しいことも、辛いことも、全部自分一人で抱え込んで死んでいく。
その行為を助長するようなら、甘やかすのはやめたほうがいい。
今サキュバスが自分から戻って全てが解決したと思われるより、魔王ちゃんが自分でそのことに気付いて反省し、それからサキュバスが戻って仲直りするほうが自然だろう。だけど、サキュバスは不安だ。
果たして本当に、そんな日が来るのだろうか……?
勇者ちゃんに惨殺され、痛めつけられ苦しめられ、死んで蘇って殺されてを繰り返す。
それがもはや魔王ちゃんの"当たり前"になってしまっているのではないか?
死ぬことも、痛いことも、全部日常に溶け込んでしまっているのではないか?
もしそうなら、魔王ちゃんは自力でそれに気付くことは出来ない。
あの子は、既に狂ってしまっているかもしれないから。
「魔王ちゃん……」
サキュバスはどうしていいのか分からない。
魔王ちゃんが自分で気付くのを待つのか。
それとも、自分がそれを気付かせるのか。
「分からないよー……」
顔を上げ、厨房のネメスへと目を向ける。
しかしその視線の先に魔王ちゃんはいない。
「あ、あれー……? あの、新任コック長はどちらへー?」
通りかかったウェイトレスを呼び止めると、彼女は微笑みながらこう答えた。
「今日はもう上がる時間だったのでコックは店長に代わりましたよ?」
サキュバスは勢いよく立ち上がり、お会計を済ませて店の外へと出た。
首が折れそうな速度で目ん玉が外れそうな速さで辺りを見回す。
「見失った!!!!」
考えることもやることも、魔王ちゃんはいつもサキュバスの想定を超えてくる。
「とにかく、探さないと……」
サキュバスは当てもなく街中を走りだした。




