魔王ちゃん、生態系の最下層を整える
「我が呼び掛けに応じよ――雷トカゲ」
魔方陣によって生成された雷トカゲの雄の前に、昨日テイマー市場で買ってきた雷トカゲの雌を放つ。
この島の生態系では雷トカゲの天敵となりうる魔物は存在していない。
その上、エサとなるベーシックスライムはごまんといるため、飢え死にする心配もないだろう。
このまま放置しておけば勝手に繁殖して、立派な戦力となってくれるはずだ。
雷トカゲはその名の通り、電気属性の下位魔族だ。おそらく電気属性に属する魔物の中でも最も低位の魔物であり、レベルの上限も3と控えめ。
駆け出しの下位冒険者にとっては脅威になりうるが、並の冒険者が相手では少々分が悪い。
とはいえ、これは今キュピス諸島に築いている生態系の下層に位置する魔物であるため、もとより大した期待は寄せていない。
「よしよーし。元気に育って強くなるんだよ~」
魔王ちゃんはトカゲたちをつんつんとつつく。
昨日はテイマー市場でつがいで魔物を買わなければならないと思っていたのだが、慣れない労働から来た疲れが原因だろうか……肝心な部分の見落としをしていた。
魔王ちゃんは一日に一体、自力で魔物を生成することが出来る。
買った魔物が一体でも、一日待てば、こうしてつがいを放つことが出来るわけだ。
とにかく、これで最低限の防衛体制は整うはず。
この雷トカゲ、使える魔法は「放電」の一種のみ。
威力が弱くリーチも短い最下級の雷撃魔法だ。
こう聞くとただひ弱なだけの魔物に思えるが、この雷トカゲには特異な習性がある。
二匹のトカゲの間にスライムが通った。
その瞬間、両トカゲの間を電撃が走り、スライムは痙攣、そのまま息絶え、トカゲたちのエサとなった。
そう、この魔物には互いの間に電撃のチェーンを作り、獲物を狩るという習性がある。
二匹が同時に「放電」を行うため、単純計算で威力も二倍。
それでも大したダメージにはならないが、数さえ揃えてしまえばこっちのもの。
弱小魔族の微少な威力の魔法とは言え、塵も積もれば山となる。
まともに戦って勝てない弱小魔族の役割は"相手にストレスを与えること"だ。
弱い魔族がいくら数を揃えたところで、真正面から襲ってくるのなら大した脅威ではない。
しかしこれが「奇襲」ともなれば話は別だ。
大したダメージでなくとも、チクチクと刺され続ければ不快感が溜まっていく。
夏の夜に耳元で羽音を鳴らす蚊のように。
そうして溜まった不快感が正常な判断力を奪い、奇襲に対する警戒心を薄めてしまう。
「どうせ次の攻撃も"放電"だからな……」と。
こうなってしまえばこっちのもの。
本命の高位魔族による奇襲が面白いほどよく通る。
要は、下級魔族というのは相手の気力を削ぐために使うものなのだ。大量に数を揃えて、奇襲。度重なるチクチクとした奇襲の中に本命の致命的な一撃を潜ませ、相手の警戒心の途切れ目に叩き込む。
それが下位魔族の有効な使い道だ。
キラーラットや角ウサギでも出来ないことはない戦法だが、打撃系の攻撃は総じて初動でバレやすい。それに比べて雷トカゲは威力こそ低いものの、発動時間最速の雷撃系統の魔法の使い手。
魔王ちゃんが防衛戦においてこの雷トカゲを有用だと呟いていた理由も、こうした物量確保の容易性・敵の警戒心を引き出し気疲れさせる隠密性・ジリジリと削りストレスを与える即応性などの諸条件を兼ね備えているところから来ている。
もっとも、より高位の魔族がいるのなら雷トカゲの出番も少なくなっていくのだが。
「とりあえず、生態系の最低限の要素は揃えたし。あとは雷トカゲの繁殖を待つ間に何をするかだけど……」
海辺から聞こえてくる波の音に、魔王ちゃんはため息を吐いた。
「サキュバスちゃん、一体何を怒ってたんだろう……」
あれから一日経ってもサキュバスは姿を見せずにいる。
出来れば謝りたいのだが、自分の何が彼女をそこまで怒らせてしまったのかもよく分からない。
「怪我とか病気とかしてなければいいけど……」
サキュバスちゃんは魔王ちゃんの大事な友達だ。
早く帰ってきて欲しいし、仲直りだってしたい。
魔王ちゃんはほっと息をつき、それから立ち上がり海の向こうを眺めた。
「ぐずぐずしていたって仕方ないよね。立派な島を作って、帰って来たサキュバスちゃんを驚かせちゃおう」




