魔王ちゃん、日雇いバイトをする
――パルパ半島、テト港湾
――大通り、レストラン前
「いらっしゃいませー! 美味しいお魚料理はいかがですかー?」
エプロン姿の魔王ちゃんは看板を掲げ、大通りを行き交う人々に呼びかける。
「美味しい美味しいお魚ですよー! 安いですよー! そこのお兄さん、入ってくれたらサービスしちゃうよー? お姉さんも入った入った! 獲れたての活きのいいお魚だよーっ!」
「へえ、いいんじゃない? まだお昼食べてなかったし。ここにする?」
「いいね魚介系。お嬢ちゃん、ここのオススメは何かな?」
一組のカップルが魔王ちゃんのほうへと近付いてくる。
魔力でツノと尻尾を隠しているので、ぱっと見で魔族とバレることはないだろう。
「今日のオススメはニシンとお野菜をバゲットで挟んだ、本店特製ニシンバゲットサンドだよっ! 今朝は大量だったらしいから、美味しいニシンを安く沢山仕入れられたんだ! あとあと、旬と言えばサザエも外せないね!! つぼ焼きがすっごく美味しいよ!!」
魔王ちゃんの宣伝にカップルたちは顔を見合わせ頷き合う。
今日の昼食はここで取ることに決めたらしい。
「ありがとう。本当に美味しそうに話してくれるから楽しみになっちゃったよ」
「えへへ……本当に美味しいですよ! ごゆっくりして行ってくださいねー!」
二人が入店していくと、魔王ちゃんは「よし」とガッツポーズ。
なんだかんだ言って、こうして慣れない仕事に精を出すのも悪くない。
三時間ほど前、魔王ちゃんは銀翼竜に乗ってパルパ半島の人気のない砂浜に降り立った。
銀翼竜には夕方に戻ってくるよう指示して城に帰らせ、魔王ちゃんは真っ直ぐにこの街へとやってきた。
最初はテイマー市を見て回ってからお金稼ぎの方法を模索していくつもりだったのだが、この店の前を通り過ぎようとしたまさにその瞬間、客寄せをしていた店員が看板を持ち上げようとした弾みにぎっくり腰で倒れ込み、人手が足りず困っているところに出くわした。
これはまさに千載一遇!
人族の労働文化はよく分からないが、とにかくこの機を逃す手は無いだろうということで自分を売り込み、なんとかこうして日雇いの客寄せという仕事にありつけた。
「えへへ……普段嫌なこといっぱい我慢してたから、神様がご褒美をくれたのかな……?」
何はともあれ、ここで頑張ればお金が手に入る。
お金があればテイマー市場で、このテリトリーでは確保が難しい魔族を買える。
「どうしようかなー。雷トカゲか爆弾蝶々が手に入ると嬉しいんだけど、買えるといいなあー」
そんな思案に耽っていると、突如店内から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「何かあったんですか!?」
魔王ちゃんが扉を開くと、そこには腰を抑える店主の姿が。
「ま、まさか俺までぎっくり腰になるとは――ッ!!」
「あなた大丈夫!? 今すぐ助けをぎゃああああ!? まさか私まで!!」
腰を抑えて倒れ込む店主夫妻。
魔王ちゃんと店員たちは慌てて夫妻のものへと駆け寄る。
「お、俺たちはもうダメだ……この店もこれでおしまいだ……」
「無念……なんという悲劇的結末。これが神の定めた運命か」
二人の言葉に店員たちは膝をつく。
「そんな……俺たちこれからどうやって食ってけばいいんだよ……」
「世界の終わりだ……」
最悪の空気に包まれる店内。
先ほどのカップルたちが溜息を吐くのが聞こえてくる。
「……ちょっといいですか?」
魔王ちゃんは二人の腰に手を当てると、ヒールと呟いた。
これは人族の回復呪文のスペルだ。魔族は回復時にスペルを必要としないが、今は人間という体で話を進めているから、これくらいの演技は最低限しておかないと困る。
「お、おお!! 腰が治った!!」
「この店は終わらない! いつまでも、ずっと、たとえ世界が終ろうとも!!」
店員たちの歓喜の声が店中を支配する。
客たちは皆一斉に立ち上がり拍手を送り、店主夫妻は感動に涙をこぼす。
「とは言え治ったばかりで仕事をして再発しては意味がないな。この店に料理が出来るのは私と妻しかいない。もうダメだ。世界の終わりだ……」
「奇跡は起こらなかった……」
再び店内は地獄の様相を呈し始める。
魔王ちゃんはおずおずと手を挙げて、
「あの……私、料理出来るけど……」
店内は再び祝福に包まれた。
全ての人々は喜びを分かち合い、天使はラッパを吹いて世界の再生を約束する。
「ありがとう神様! ありがとう世界!」
「君はこの店の英雄だ。ささ、厨房はこちらだ。思う存分その腕前を振るってくれたまえ!」
「え、あ……うん。なんなんだろうこれ……」
魔王ちゃんは人間のことがよく分からない。




