魔王ちゃん、防衛ラインを敷く
キュピス諸島の、魔王城のある島を本島として、今魔王ちゃんがいるのは本島の東に位置する比較的大きめの島だ。
この島を魔王城への最終防衛ラインと規定し、後の話にはなるがその先に三つほど同様の防衛ラインを設置していく。
本島のダンジョンは始めから防衛のために作られていたもののようで、パルパ半島に対する位置取りとしては悪くない。
この島にいたシルフィという魔物が何者であるのか、何を目的としていたのか、ダンジョン内に転がっていた無数の武器類の意味するものが何なのか――
分からないことは多いが、拠点として活かせる条件が整っているのならありがたく使わせてもらうまでだ。
「我が呼び掛けに応じよ――ベーシックスライム」
魔方陣から現れたのは一匹の青い液状の魔物。
ベーシックスライム、レベル1だ。
銀翼竜のお陰で島々の往来が容易となった。
この一週間でキュピス諸島の生態を一通り観察してきたが、戦力として数えられるほどの魔物は異様な程に少なかった。
強力な魔物を作成するにしても、生態系の土台となる下位の魔物が存在していないとなれば、その魔物のレベルを上げることもままならない。
そういうわけで、まずは繁殖力の高い下位魔族を増やすことを先決とした。
ベーシックスライムは下位魔族の中でも更に下位――つまり下の下に位置する最下層の魔物だ。
本当ならキラーラットや角ウサギくらいの魔物を生態系の土台としたいところだが、魔王ちゃんが生成出来る魔物の数は一日に一体が限界だ。
そういうわけで、まずは単位生殖の可能なベーシックスライムを野に放ち頭数を揃えるべきだと判断した。
幸いにもキュピス諸島の魔力事情は非常に潤沢であり、空気中や地表から魔力を摂取するベーシックスライムには楽園とも呼べる場所だ。
きっと一週間もすればこの島はスライムの島となることだろう。
スライム自体に海を渡る能力はないため、ある程度増えたら木箱に入れて銀翼竜の足に括り付け、さらに東の島へと運び込むつもりだ。
そこまでいったら、角ウサギでもキラーラットでも生成してスライムを捕食させることでレベルを上げさせ、繁殖――さらに高位の魔物を召喚して……という繰り返しだ。
とはいえ、今回はあまりに基盤の部分から島の状況を作り出さなければならないため、このままのペースではあまりにも悠長過ぎる。
勇者側に悟られない工夫はしているつもりだが、いつ何がきっかけで見つかるかも分からない。
キュピス諸島はパルパ半島の西海岸の沖にあり、そのさらに西は広大な大海原となっている。別の黒のテリトリーからも離れているため、魔物を捕まえて来ることも難しい。
しかし、このキュピス諸島からでも外部の魔物を確保する方法がひとつだけある。
――テイマー市場
人族の魔法使いの中には、下位から中位の魔族を手懐け、自らの守護獣として扱う者たちがいる。
それが使役術師……俗に言う"テイマー"だ。
テイマーの中にはゼロからテイムする技能を持ち合わせていない駆け出しテイマーや、珍しい種族を使役することに無上の喜びを感じる変態……コレクターテイマーと呼ばれる者達も少なくない。
白のテリトリーにはそういった、テイマー向けに捕獲した魔族を売買するテイマー市場なるものが存在しているのだ。
お金さえ用意出来れば、この市場を利用してキュピス諸島に新たな魔族を引き入れることが可能となる。
そう、お金さえ用意出来れば……の話である。
もちろん魔王ちゃんは現在着の身着のままの無一文。
無人島サバイバル生活の真っ只中であり、金目のものなど持っているはずもない。
「待っててねサキュバスちゃん……頑張ってお金稼ぎしてくるから……っ!」
魔王ちゃんはあまり人族の文化や価値観を理解しきれていない。
そんな彼女がしっかりと稼げるかどうかは、また別のお話。




