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魔王ちゃん、また冥界に行く

 見慣れた真っ白な空白。

 しばらく倒れたままの姿勢で空白を眺めていると、錆び色の髪の少女が顔を覗き込んできた。


 破壊神ちゃん――

 黒のテリトリーを司る魔族の神。

 魔王ちゃんと契約し、彼女に復活を始めとする数多の権能を与えている上位存在。


 彼女は魔王ちゃんの頬っぺたをつねり、氷河のような冷たい瞳でじっとこちらを睨んでくる。


「は、破壊神ひゃん……?」


 誤魔化すような半笑いで声をかけてくるふざけた魔王の姿に、破壊神は一切表情を変えず、しかし明らかに低くなった声音で問うた。


「たった二日で戻ってくるなんて……随分とお安い命みたいだねえ、魔王ちゃん?」


「ひ、ひがうの! ほひはえぅ(とりあえず)ふえうのやえへぇ(つねるのやめてぇ)!」


 破壊神ちゃんがぱっと手を離すと、ネメスはばねのように跳び起きて必死の弁明を試みる。


「あ、あのね……あの島にはレベル27の銀翼竜がいてね! 私のレベルは15しかなくって、それで!!」


「見てたから知ってる。でもさあ、竜族が相手でもレベル15もあれば余裕で殺せるはずだよねえ、"魔王"ネメスちゃん……?」


「そ、それは……」


 俯く魔王ちゃんに、破壊神は溜息をついた。


「もう戻りなよ」


「え、でも……」


「魔王ちゃんは魔王ちゃんだし。話しても無駄だからね」


「そんな!」


 破壊神の言葉に魔王ちゃんは泣きそうな顔で追いすがる。


「破壊神ちゃんごめんね……? 私いつもダメダメで、破壊神ちゃんのことガッカリさせてばっかりで……。でも私、誰かが悲しむ顔なんて見たくないよっ!」


「私は魔王ちゃんが約束守ってくれなくて悲しいよ」


 破壊神ちゃんの完璧な反論に魔王ちゃんは何も言えず黙り込む。


「でも、そういうところも魔王ちゃんだから」


 破壊神は魔王ちゃんに背を向けたままそう呟く。


「正直、少しだけ見直した。魔王ちゃんは私との約束守ってくれないし頼りなくて情けなくて馬鹿だけど」


「それ思いっきり暴言だよね!? 酷いよ!!」


「……続き言うのやめた」


「え、何!? ここからいいこと言う流れじゃないの!?」


 涙目で縋る魔王ちゃんに、破壊神ちゃんはまた溜息をつき、無理やり彼女を引きはがし空白の中へと消えていった。


「え、どういうこと……!? あの流れで罵倒しただけ!? で、でも破壊神ちゃん……前は口も利いてくれなかったのに今回はちょっとだけ話してくれた……うれしい」


 魔王ちゃんは少しだけ微笑み、破壊神の言いたかったことをなんとなく察した。


「たぶん、破壊神ちゃんは私が可愛くて可愛くて仕方がなくて、全然ダメなところまで含めて全部大好きだよって……そう、言ってくれようとしたんだね……」


 後頭部に激痛。

 頭蓋骨が首から外れたかと錯覚するほどの衝撃。


「馬鹿言ってないで、とっととどっか行きなよ馬鹿魔王」


「ひどい!! なんでそんな鈍器で殴ったりするの!? ひどい! 酷い酷い酷い酷い酷い!!!!」


「うるっさ……。流石にイライラしちゃったよ。今回は選択権与えないから。同じ場所に戻りな」


 破壊神が地上界図にピンを差し込むと、魔王ちゃんの周囲に魔力の風が吹く。


「え、え!? 破壊神ちゃん待――――」


 瞬時、魔王ちゃんは冥界から消滅した。


「これでスッキリだね」


 破壊神は地上界図を手に取り、キュピス諸島の魔王城をそっと撫で、少しだけ微笑んだ。


「今回だけは、ちょっとだけ格好良かったかも……なんて少し思ったり。なんだかんだ言って、私のたった一人の魔王様なんだなって、久しぶりに思えた気がするよ。魔王ちゃん、頑張って」


 あなたの理想の世界が、いつかきっと叶いますように。


 青く燃える地上界図にそう呟き、破壊神は空白の中に溶けていった。

一章終了です。

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『Mephisto-Walzer』

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