魔王ちゃん、リスタート
衝撃波がネヴィリオの街に砂吹雪を吹かせてから、およそ二時間。
アズサたちはラクダに乗りソムニアの落着地点を探していた。
夜の砂漠は酷く冷える。
あの槍は外部と完全に遮断された内部機構を持つから大丈夫だと思うが、魔王ちゃんとサキュバスが本当に無事に戻って来られたのか不安で仕方がない。
「おーい! そっちは見つかったか!?」
「いいや、こっちはまだだね。もっと向こうのほうを探す必要があるかもしれない……」
「そうか……」
こちらに呼びかけるメチルと共に、アズサは目の前の砂丘を登っていく。
ネヴィリオには砂漠が多い。草木はほとんど生えていないが、砂丘の高低差のせいでソムニア捜索には時間がかかる。
この捜索には世界中から多くの人々が参加している。
みんな魔王ちゃんとサキュバスの帰りを待ちかね、わざわざこんな辺境の砂漠まで足を運んで来てくれたのだ。
「おい、あれ……あれじゃないのか!?」
メチルが指した方向、一本の巨大な槍が深々と茶色の岩盤に突き刺さっている。
その横には既にソムニアを発見していたシルフィが、ラクダに括り付けたポーチから狼煙を取り出し、火を付けようとしていた。
「シルフィ! 見つけていたのか……!」
「ちょうど今見つけたところだよ。狼煙を炊いてみんなを集めよう。岩盤に突き刺さっているから、出口が塞がれて外に出られない」
「ロープはあるか? 僕は持ってきてないんだけど……」
「手綱を使おう。早くサキュバスたちの顔が見たい」
やがて三人の元にみんなが集まり、そこにある手綱でロープを作り、ソムニアに巻き付けた。
全員でそのロープを引くと、その黄金色の槍は勢いよく岩盤から抜けた。
そこにいた全員がソムニアの扉を注視する。
しかし、内部から扉が開かれる様子はない。
一同の脳裏には嫌な予感が過ぎった。
帰還の衝撃で二人とも……。
その疑惑を払拭するため、アズサとシアンが外部からソムニアの扉をこじ開ける。
そしてそこにいた全員が、ソムニアの中で眠る二人の寝息を聞き歓喜の声を上げた。
二人はまるで仲の良い幼い双子のように抱き合って、気持ちよさそうに眠っている。
周囲の大歓声の中、魔王ちゃんとサキュバスは目を覚まし、みんなが集まっていることを確認すると、互いに顔を見合わせ、それから顔を赤くして目を逸らした。
シアンとアズサがサキュバスに抱きつき、ウンディーネとメチルとシューニャが魔王ちゃんに抱きついた。
その他の面々も互いに顔を見合せ、思い思いに安堵の表情を見せたり、持ってきた祝いの酒を酌み交わしたりしていた。
「魔王ちゃん~~~~!!! 帰って来れてよかったです!!! うぁああああ!!!!」
ウンディーネは号泣しながら魔王ちゃんに頬ずりし、その反対側からメチルが恥ずかしがりながらも、同じように魔王ちゃんに控えめに抱きつく。
「馬鹿……二度とあんなことするなよ……」
「あ、あはは……ごめんね、メチルちゃん? それにウンディーネちゃんも……」
魔王ちゃんは二人を抱きしめ、それからシューニャのほうに顔を向ける。
「ただいま、破壊神ちゃん!」
「地上界で会うのは初めてだね、魔王ちゃん……。約束……守ってくれてありがとう……」
シューニャはそう言うと魔王ちゃんの頬にそっとキスをし、周りにいた男たちが二人のことを囃し立てる。
その傍らでは罪魔教の信徒たちがサキュバスのことを囲んでいる。
「前の世界では済まなかったな……」
「記憶消えてたんだから仕方ないよ-! というかー、勇者ちゃんってそういう役回り多くなーい?」
「お前にその呼び方で呼ばれるとむず痒いな……」
シアンは所在なさげに視線を泳がせるが、サキュバスが帰ってきて嬉しい気持ちが口元に現れている。
その横ではアズサがシルフィと手を組み、ふっと笑ってサキュバスに酒を渡した。
「現物支給だ。よくやったね……。それにしても、本当に君は大した奴だ」
「ソムニアがちゃんと動いたのは女神さんたちのお陰だからねー。私は最後の最後に上手くやっただけだよー!」
「その上手くやったのが一番大事だからな」
皆、異口同音に互いのことを褒め称えている。
この寒い砂漠の夜にも関わらず、ネヴィリオの砂漠は半ば宴会の様相を呈していた。
そんな中、魔王ちゃんがふと全員に対して声を上げた。
「みんな! 実はね……みんなに会って欲しい人がいるの! その人は私たちの世界に青き炎を点けた張本人なの……。だけど……それはその子なりに頑張った結果で、本当に悪いことがしたくてしたんじゃないの! だから、みんなにも、その子を――」
そこまで言いかけて、シアンが魔王ちゃんに割り込んだ。
「ここにいる奴らは皆、何かしらの理由があって敵対していたんだ。そいつにも事情があったんだろう?」
シアンのふっと笑う顔に魔王ちゃんは目を見開いた。
「今さら敵なんていませんよ! ここからみんなで頑張って行くんですから!!」
「ぼ、僕もシアンとウンディーネと同じ気持ちだ……」
メチルがそう言うと、そこにいた全員が頷いた。
魔王ちゃんはみんなに頭を下げると、ソムニアのほうに声を掛ける。
「怖がらなくていいんだよ。みんな、あなたを歓迎してるから!」
その呼びかけと共に、ソムニアの先端部分が白い煙を上げ、ぱかりと外れた。
円錐状の黄金のパーツから蜘蛛のような足が生え、こちらのほうへと歩いてくる。
円錐の正面にはガラスの窓が付いており、その中にはなにやら黒い生き物が住んでいる。
「この子が、この世界を最初に造って、全てのものを用意した神様! ただ、今は良いエネルギーを全部使い尽くしちゃって、悪いエネルギーしか残ってないから、このソムニアの中にしか居られない……」
ソムニアの外殻は内と外とを、あらゆる時空や現象から遮断する防御隔壁として完成された効果を持っている。
サキュバスの真我乖離を退けるほどの魔王ちゃんの神秘……それを再現したのがこのソムニア改の外壁だからだ。
だから、サキュバスと魔王ちゃんはこの術式の一部を利用して、悪意をこの世界へと安全につれてくるためのスーツとして改造したのだ。
「だけど、いつかこの子も自分の身体でこの世界を歩けるようにしたいって思うの! みんな、どうかな……?」
全員が思い思いの声を上げた。
杯を掲げた者もいれば、よく分からない掛け声をあげた者も。
いずれにせよ、それら全てが魔王ちゃんの意見に賛同していた。
魔王ちゃんとサキュバスは悪意のほうを見て、にこりと笑う。
「ほら、大丈夫だったでしょー?」
「世界はあなたが思っているほど、希望がないわけじゃないんだよっ!」
二人の言葉に、悪意はふるふると震えながら大粒の涙を溢した。
「その子、名前は何かあるの?」
シューニャの問いに魔王ちゃんとサキュバスは顔を見合わせる。
悪意と呼び続けるのも考え物だ。
ここで、何かいい名前を付けた方がいいかもしれない。
「まだ名前は決まってないの。どうしようかな……?」
「それなら、そのままソムニアって呼んだらどうかな~? 悪い名前じゃないんじゃな~い?」
カンナが面白そうにそう言い、一同はそれに同意する。
「ソムニア……"夢"か。いい名前だ」
アズサがソムニアを抱き上げ、その外殻を優しく撫でた。
「君もここで死々繰の研究を手伝わないかい? 人類と魔族に貢献するいい仕事だと思うのだけれどね……」
「たしかに、ソムニアさんの術式を研究するなら女神さんと私たちの傍にいるのが一番かもしれない。どうかな、魔王ちゃん、サキュバスさん」
シルフィの問いに二人は頷く。
「ソムニアちゃんがそれでも大丈夫なら! 私たちも会いに行くし!」
魔王ちゃんの言葉に、ソムニアは嬉しそうに頷いた。
「それじゃあ決まりだね!! ソムニアちゃんの悪のエネルギーを中和して、この世界でスーツなしでも歩けるようにする!! それに、この世界の色々な争い、色々な戦い、苦しいこと、悲しいこと、大変なこと……全部全部ぜ~んぶ! 私たちの力で解決しちゃおう!!」
魔王ちゃんの言葉にシューニャが顔を近付け、じっとその瞳を覗き込む。
「魔王ちゃん~? またそんな無茶苦茶言って、また私に泣きつくことになるよ?」
「えへへ……その時はまた助けてね、破壊神ちゃんっ!」
それから魔王ちゃんはサキュバスから杯を受け取り、真夜中の暗い空にそれを掲げ、みんなと一緒に乾杯の音頭を取った。
「魔族も人族も、前の世界で戦ったみんなが……今ここに集まってる! だから出来ないことなんて何も無いよ!! これから大変なことがあるかもしれない。苦しいこともあるかもしれない。けど、私たち全員が自分に出来ることをちゃんとしていけば……! 諦めなければ! 私たちは無敵だよ!! だって!!!」
「私たちが! この世界にいる全員が! 新生魔王軍だからだ!!!」
勇者がそう叫び、魔王と共に杯をぶつけ合った。
心地良いグラスの音が響き渡り、歓声はいつまでも鳴り止まず、人族と魔族の領域戦争はこうして幕を降ろした。
英雄が英雄を讃え、過去の諍いに一端の終幕を宣言する。
みんな、この世界がいい方向に進むように願っている。
たとえ悪意がこの世界から消えないとしても、善意もまた、消えないのだ。
魔王ちゃんたちはその日、夜が明けるまで砂漠の真ん中で酒を酌み交わし、これから先のことを語り明かした。
本当の意味で世界中のみんなが笑って暮らせる世界が来るのは、まだまだ先のことだろう。
でも、今まで互いに戦ってきた今ここにいるみんなは……
紛れもない最高の笑顔でこの一夜を共に過ごした。
まだまだ楽しみは残されている。
これからの未来をみんなで一緒に変えていくのだ。
登る朝日の白い光を眺め、魔王ちゃんたちは新たな一日をリスタートする。
世界は、こんなにも愛に溢れていると知っているから!
『魔王ちゃんリスタート~迫害された美少女魔王は終末世界を救いたい~』
~fin~




