帰還
サキュバスと魔王ちゃんは暗闇の中、粉々に壊れたデウス・エクス・ソムニアの破片を集めていた。
青き炎として放出された魔力は魔王ちゃんが徴収することで、この世界に元々あった魔力は全て回収することが出来た。
魔王ちゃんがソムニアの術式に改良を加え、そこにサキュバスが新たなアイデアを提案する。
簡単な術式の継ぎ接ぎ等はサキュバスも手伝い、悪意は二人に指示された破片を、残骸の山から運んでくる。
三人は慎重に時間をかけてソムニア改を構築していく。
以前のサキュバスはこういう作業に興味がなかった。
自分に出来ることは剣術と偵察くらいのものだと思っていたから。
でも実際に触ってみれば意外な楽しさが見えてくる。
それに魔王ちゃんと一緒に同じ作業をするのはとても楽しい。
自分に出来ることを決めてしまうと、それ意外の本来あったかもしれない楽しみを消すことになる。
目を瞑らず、何でも一度は触れてみることだ。
そうしたら、この世界は案外輝いて見えるものだと、サキュバスは思う。
「よし! これで大体完成かな!!」
魔王ちゃんが見上げたソムニア改は、黄金色の輝きを漆黒の闇の中に煌めかせる。
その槍の外見はここに来る前と大した変わりはない。
しかし、その内に宿るもの……術式や想いは大きく変わったと思う。
シルフィ、シューニャ、アズサたちはもちろん、彼女らの作業を守ったウンディーネとノーム、罪魔教の信徒たち……それに敵ではあったけれど、シアン、メチル、カンナ、ニトロ、ラジウムも明け方まで時間をくれた。多くの人たちの協力を得て、このソムニアは造られたのだ。
そしてそこに、新たに魔王ちゃんたちの願いが加わった。
この術式は世界の全てのものを詰め込んだ夢だ。
だから、きっとこの槍が切り拓く世界はきっと夢と希望で溢れている。
魔王ちゃんはサキュバスを振り返り、そっと微笑んだ。
「これで、もう一度リスタートしよう……」
サキュバスはそれに頷く。
「今度は……魔王ちゃんたちも一緒に……!」
三人はソムニア改に乗り込み、今しがた構築した術式を発動する。
今回の槍には窓が付いている。本来なら必要のないものだが、新しい世界の創世をこの目に焼き付けたいという、魔王ちゃんの願いを組み込んだものだ。
世界を救うには必死になる必要がある。
でも、僅かな遊び心を残しておくのも大切だ。
魔王ちゃんとサキュバスは狭い室内で向かい合わせに笑う。
ソムニア改は一人乗りを改造したもので狭苦しいけれど、それが不思議と楽しくもあった。
「今思えば色々なことがあったねー」
「苦しいことも悲しいことも、残酷も過酷も、どうしようもないことも沢山……」
「でも、それも含めて大切だったって思うんだー! シアンもアズサも、その苦しさの中で分かり合えた、大切な仲間たちだから!」
「そうだね! それに、楽しいことも、嬉しいこともいっぱいあった!! だから……」
そこまで言って、魔王ちゃんは言葉を切った。
窓の外、術式によって放たれた魔法によって、次元と空間が生まれている。
やがてそこに宇宙が生まれ、銀河が生まれ、恒星系が生まれ、それぞれの星に歴史が生まれる。
無数の星の誕生と消失……。
真空の闇の中、時間の流れる速さを無視し、見たことも無いような速度で歴史を紡いでいく宇宙の輝きに、魔王ちゃんは思わず見惚れていた。
「綺麗……」
無数の超新星爆発、ガンマ線バースト、ブラックホール……
星々の魂が漆黒の宇宙を輝きで放ち、時間がやがて魔王ちゃんたちの時空帯へと収束していく。
窓の外の世界を眺め、魔王ちゃんは呟く。
「星ですら、生きて、死ぬんだね……」
真っ暗な世界が星の輝きに彩られ、無数の生と死がこの宇宙に入り乱れている。
何もない場所に何かが生まれて、そして死んでいく。
しかしそれは無に還るということでは決してなく……
「だからこそ、綺麗なのかもねー……」
魔王ちゃんたちはたくさんの人たちの死を目の当たりにしてきた。
だけど、そのどれも忘れてはいけない、消し去ってはいけない歴史の一部だった。
この世界は、この世界に生まれた全てのものから出来ている。
だから、不要なものなんて何一つない。
みんなが、すべてが、必要なのだ。
「私もう、みんなの記憶を消したりしない。どんなに辛い記憶でも、それは、この世界の大切な一部だから。みんなの大切な想い出だから……」
サキュバスは魔王ちゃんの手をぎゅっと握り、魔王ちゃんは暗い宇宙の中、サキュバスの顔をじっと見つめる。
この槍の中は狭い。
二人はずっとくっついていて、今にもぶつかりそうなほどに顔が近い。
星々の温かい輝きに包まれて、優しい闇の微睡みに抱かれながら、二人は互いの顔を見つめ合っている。
時代は既に収束していた。
再構築された魔王ちゃんたちの星には、過去の記憶を取り戻したみんなが二人の帰還を待っているはずだ。
だから、地上に降りたらきっととても賑やかになってしまう。
それはとても楽しいことだとは思うけれど……。
「サキュバスちゃん……」
吐息がかかるほど二人の距離は近い。
だけど、その距離は近くて、遠い。
魔王ちゃんはサキュバスを潤んだ瞳で見つめ、それから、この穏やかな宇宙の中で静かに瞼を閉じた。
彼女はどんな遠いところにいても向かえに来てくれる人だ。
だから……今はただ、信じて瞼を閉じる。
そして二人は何も言わず、そこには微かな呼吸音だけが聞こえていた。
唇に熱が伝わり、この真空の中で、何よりも温かいものが互いの心を融かしていく。
ソムニア改はやがて大気圏に突入し、赤熱しながら無数の命の住まう母なる大地へと突き進む。
そこに住む人々は、紺碧の夜空を駆ける、一粒の大きな流れ星を見上げていた。
みんな、二人の帰りを待っている。
みんなが笑顔で暮らせる世界を造る、英雄たちの帰還を……。




