私たちの話をしよう その三
「みんな魔王ちゃんに会いたがってる……。会いたがってるんだよ!! なんでそれが分からないの!?」
サキュバスは魔王ちゃんの肩に掴みかかり、彼女を玉座に押し付けて叫ぶ。
「魔王ちゃんは王様なんでしょ! だったら、みんなが欲しいものくらい分かってよッ!! みんなの望みを叶えてよ!! 私たちのワガママを背負って、責任持ってみんなが心から笑って暮らせる世界にしてよ!! このクソ女!! 人の話を聞け!! 自分のことを喋れ!! 自分の価値を勝手にゼロにするな!!! 魔王ちゃんは私の一番大切な、大好きで大好きで堪らない人なんだよぉッ!!!」
サキュバスは泣きながら魔王ちゃんを抱きしめた。
痛いほど強く抱かれ、サキュバスの涙の粒が落ち、魔王ちゃんの背中を伝い玉座へと落ちていく。
魔王ちゃんはその瞬間、自分の心が僅かに氷解していくのを感じた。
サキュバスは彼女の骨が軋むほど、身体中が傷むほど強く抱きしめ、そして彼女の頭を撫でた。
サキュバスは、ずっと彼女に会いたかった。失いたくなかった。取り戻したかった。
でも、魔王ちゃんはそれを全て拒絶する。
もう、自分に出来ることは何もない。
サキュバスはもう何も言えない。
ただ、何も言えず泣きながら彼女を抱きしめることしかできない。
離れたくない。
別れたくない。
忘れたくない。
ずっと一緒にいたい。
サキュバスのその気持ちを、魔王ちゃんは今初めて実感した。
魔王ちゃんは恐る恐るサキュバスの背中に手を回す。
それはいつものようなおふざけの抱擁ではない。
感情を直に伝えるための、心の素肌を晒すかのような抱擁だ。
震える手がサキュバスの背を抱くと、魔王ちゃんは彼女が嫌がっていないことを確認する。
手に力を入れる。
さらに、強く抱きしめる。
抱きしめて、魔王ちゃんは堪えられなくなって、大粒の涙を溢した。
そして、彼女は初めて自分がどうして欲しかったのかを知った。
言葉の中には嘘が紛れる。
その言葉の嘘が、魔王ちゃんはずっと怖かった。
自分がその嘘を誰よりも多く使っていたからこそ、人のことを信じられなかった。
だから、魔王ちゃんのこころは言葉じゃないものを欲していた。
骨が軋むほど、痛いほど強く抱きしめられ、魔王ちゃんは嬉しかった。
頭を撫でられて、それだけで幸せだった。
こんな単純なものが答えだなんて、考えもしなかった。
ネメスは泣きながら笑った。
「私……サキュバスちゃんが言うとおり、やっぱり凄く面倒臭い子だね……。ずっと、自分がどうして欲しいのかすら分からなかった……。素直になる方法がどうしても分からなかった……。ありがとう、サキュバスちゃん……。私に、私が本当に欲しかったものを教えてくれて……」
この世界には魔法があり、剣があり、槍があり、弓がある。
魔王ちゃんには破戒式があり、サキュバスには真我乖離がある。
たしかにそれらは便利な道具だった。
でも、何かを解決するとき道具に頼らなければならないという戒律はどこにもない。
彼女たちは結局のところ、そんな便利なものを欲していなかったのだ。
歩くための足がある。
掴む為の手がある。
考えるための脳があって、見るための目がある。
そして、聞くための耳と、話すための口も。
感じるための体がある。
本当に大事なのは高位の魔法でも、剣の腕でもない。
人と人との関わりに、そんなものは必要ない。
二人とも本当に必要なものは、最初から持っていたのだ。
だって、魔王ちゃんが欲しかったものはただのハグでしかなかったのだから。
「大好き……大好きだよ! サキュバスちゃん!!」
魔王ちゃんはサキュバスに負けないくらい強く彼女を抱きしめる。
熱くて痛くて、身体中が燃えてしまいそうだけど、それでも彼女はサキュバスから離れなかった。
もう、自分を隠すことなんてしない。
自分がこの世界にいてもいいって分かったから。
それを気付かせてくれた彼女のことを、魔王ちゃんは喜ばせたかった。
だから、少しだけ恥ずかしいけれど……魔王ちゃんは彼女の両肩を持って、にこりと笑顔を見せる。
「サキュバスちゃん……見て! 私、今こころの底から笑ってる!」
涙に濡れた顔を見せ、魔王ちゃんは恥ずかしそうに、だけれど自分に出来る精一杯の笑顔で笑ってみせた。
その笑顔を見て、サキュバスはやっと自分の願いが叶った気がした。
彼女はずっと、この笑顔が見たくて戦って来たのだ。
だから、その瞬間今までのすべてが込み上げてきた。
彼女もどうしようもないくらいに泣きながら、魔王ちゃんに同じように笑顔を見せる。
「うん!! ……うん!!! 綺麗だよ、魔王ちゃんっ!!」
二人はもう一度強くハグをした。
言葉で伝えることは何よりも大事だ。
だけど、それが誰にとっても一番大事なこととは限らない。
大切なのは、相手が本当に欲していることを、分からなくても必死になって考えること。
たとえ答えが見つからなかったとしても……時に偶然という名の奇跡が、答え合わせをしてくれることもあるのだから。




