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私たちの話をしよう その一

「サキュバス……ちゃん?」


 彼女は玉座の上で、驚いたようにその目を見開いた。

 漆黒のローブが風のない暗闇の中をはためきながら飛んでいき、永遠の彼方へと溶けていく。


 サキュバスはいつもどおり、ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら、魔王ちゃんの驚く顔を嬉しそうに見つめた。


 だけど、本当はそんな余裕はないのだ。

 今すぐにでも飛びついて抱きつきたい。


 だけど、サキュバスは魔王ちゃんに言うべきことがある。

 そのために、ここまで苦労してやって来たのだ。


「サキュバスちゃん……なんでこんな場所に……」


「魔王ちゃん」


 サキュバスは魔王ちゃんのほうへと歩み寄る。

 そして彼女のほうへと手を差し出した。


「仲直りしよ?」


 魔王ちゃんは玉座に腰掛けたまま、サキュバスの手を見つめ、それから彼女の顔を見上げた。


 サキュバスは色々な感情の入り交じった複雑な表情をしている。

 それを見て魔王ちゃんは困ったように笑った。


「あ、あはは……ごめんね、サキュバスちゃん……。最後あんなだったから、気を遣ってこんなこと言ってくれてるんだよね? でも、全然大丈夫だよ!! 私さっきまでずっと寝てたし、ここもそんなに悪くない場所だから!」


「そうじゃないよ。私、そういう話をしたいわけじゃ……」


「わざわざごめんね。心配させちゃったよね! でも、私本当に大丈夫だから! それよりサキュバスちゃんはどう? 元気にしてる? 他のみんなは――」


「なんで……なんで話を逸らすの?」


 サキュバスの問いに、魔王ちゃんは呆然と彼女の顔を見上げている。


「ごめん……。でも、本当に大丈――」


「もう言わないでッッッ!!! 嘘じゃん! 全部嘘じゃん!! 魔王ちゃんの嘘つき!!!」


 絶叫が虚無の中こだまする。


 サキュバスはぐすぐすと泣き出し、目を擦りながらその場にへたりこみ、声にならない声で唸っている。


「大丈夫なわけないじゃん……辛くないわけないじゃん……。なんで嘘つくの……? なんで、ちゃんと話してくれないの……?」


 サキュバスは熱くなった目の端を擦りながら、俯きながら言った。


「魔王ちゃんだけだよ……どんなに近くに行っても、どんなに仲良くなっても、どんなに頑張っても、本心を話してくれないのは……。魔王ちゃんはなんで私のことを避けるの? どうしてそうやってすぐ一人になろうとするの? なんで、友達のこと信じてくれないの……?」


 サキュバスの言葉に魔王ちゃんは俯く。


「私、魔王ちゃんと同じ事やったよ……? 魔王ちゃんみたいに世界全てを背負ったわけじゃないけど、でも、凄く沢山の人の気持ちとか命を預かった。私のエゴのために、みんなに命令だってした……。苦手な料理も出来るようになったし、もの作りが楽しいって、魔王ちゃんが言ってたことようやく理解出来た! それに、友達も出来たの。魔王ちゃん以外の友達も……」


 それを聞いて、魔王ちゃんはサキュバスと顔を合せた。

 それから力なさげに優しく微笑んだ。


「よかった! サキュバスちゃん、たくさん友達出来たんだねっ!」


 じゃあ私はもういらないじゃん。


 そんな言葉が顔に書かれているような気がして、サキュバスは余計に胸が苦しくなった。


「そういう顔しないでよ! なんで……! 違うじゃん!! 私は……魔王ちゃんにそんな顔をして欲しくて話してるわけじゃないのに!!」


 魔王ちゃんは徹底的に自分を使い捨てようとしている。

 もう役目を終えて、みんなの前から完全に消えようとしている。

 それが自分自身の本当の望みだと、本気で信じ込もうとしている。


 それがサキュバスには耐えられなかった。


 魔王ちゃんは自分のせいでみんなを苦しめたことを忘れられずにいる。

 自分のせいで世界が滅茶苦茶になったことで絶望している。

 だから、もう自分は誰とも触れあうべきではないと信じている。


 このトラウマを消すことはたぶん、不可能だ。


 魔王ちゃんは笑っている。

 だけど、それは見せかけの笑顔でしかない。

 彼女の心にはあまりにも深く、抉れるような傷跡が残っているのだ。


 全身が傷だらけの心で動くことが怖くなってしまったのだ。

 だからこそ彼女はこの暗闇からは絶対に出ようとしない。


「嫌だよ……」


 サキュバスは叫んだ。


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!!! こんなの絶対に嫌!!! 私は魔王ちゃんにも笑って欲しいの!! 本当に、本心から、全力の笑顔を見せて欲しいの!!!! そんなふうに笑わないでッ!!!!」


 そう叫び、叫んでいて気が付く。

 今の自分は、世界を救おうと藻掻いていた頃の魔王ちゃんに似ていると。


 サキュバスは魔王ちゃんを見上げ、苦し気に微笑み、言った。


「今の私……昔の魔王ちゃんみたいでワガママだよね……」


「……っ!」


 魔王ちゃんはその言葉に奥歯を噛み、それから目を細めて俯く。


 魔王ちゃんは皆が笑顔でいられる世界を絶対に諦めなかった。

 それなら、魔王ちゃんが笑顔でいられる世界を、サキュバスが諦めるわけがない……。


「サキュバスちゃん……私は、絶対にここから出ないよ……」


 ハッキリとそう言わないと伝わらない。

 そう思ったからこそ放った言葉だった。


 だけどその言葉を聞き、サキュバスは安心して肩の力を抜いた。


「魔王ちゃん、今から私たちの話をしよう……?」


 魔王ちゃんがどれだけ面倒な性格をしているのかサキュバスは誰よりもよく知っている。

 ちょっとやそっとのことで彼女のこころが動くとは到底思えない。

 むしろ、何を言っても悪い方向に捉えて喧嘩になるかもしれない。


 だけど、それでいいじゃないか。


 世界の終わりのあの瞬間から、二人はずっと喧嘩別れしたままなのだ。

 だから、別に口論になっても全然構わない。

 むしろ本音を言ってくれるのならそのほうが断然いい。


 サキュバスはシルフィやアズサたちと話した時のことを思い出す。


 話していて初めて気付くことが沢山あった。

 自分ですら気付かない自分の心というものがあった。

 だから、魔王ちゃんの凍てついた心を融かすのも不可能なんて言いたくない。


 『1パーセント』を探す努力の大切さをみんなから教えてもらったから……。


「魔王ちゃんは、これから先、何かしたいことはある-?」


 話のきっかけや内容なんて何でもいいのだ。

 ただ、話すことが大切なのだ。


 だって、二人は友達なのだから。

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『Mephisto-Walzer』

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