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綺麗事だって分かってるけど

「私は……魔王ちゃんを助けたい……」


 そう口を開いたのは、シューニャだった。

 彼女はかつての世界では破壊神と呼ばれ、魔族の神として、冥界で魔王ちゃんのサポートをしていた。


 魔王ちゃんと契約を結び、地上界へと降りることを目的に、ずっと彼女に加護を与え支えてきた。

 そして、最後のあの瞬間、彼女の中には迷いがあった。


「私は、魔王ちゃんに手を引いて貰いたかった……。魔王ちゃんと一緒にこの地を歩きたかった……。だけど、魔王ちゃんはいなくなっちゃった……。いなくなっちゃったからぁ……っ!!」


 破壊神は顔を手で覆い、座ったまま俯く。


 彼女の精神は最後の瞬間、自らサキュバスの元へと向かっていた。

 神である彼女は、あの集合無意識の中でもある程度の自由が利いたのだ。


 だから、彼女はまだ魔王ちゃんとの記憶を保持している。

 サキュバスと同じだ。彼女はまだ、魔王ちゃんとした約束を果たしていない。


「私もだよ……。君達のような彼女への同情心は私にはないけれど……それでも、受けたぶんの恩義は感じているからね……」


 アズサはシルフィのほうを見てそう言う。

 シルフィはそれに続けて話始める。


「現実的に考えて、この術式を完成させて、もう一度世界をやり直すしかないと思う。だけど、この術式で完成度100パーセントを目指すとなると……」


 完成は絶望的、ということが彼女の表情から伝わってくる。


「やっぱり、魔王ちゃんは凄いねー……」


 サキュバスはレーゼンアグニを眺めて呟く。


 根本的に、この世界に際立って強い存在はどこにもいない。


 シルフィの太陽レンズはウンディーネにも再現出来る。

 死々繰だって原理さえ解明出来れば誰にだって作れたものだ。

 魔王城の建築は魔物が行うダンジョン生成と何も変わらない。

 青き炎はアズサが自力で作り出したし、他の原始魔法だって作れるだろう。


 魔王ちゃんのリスタート計画も、それらを高いレベルで応用したもので、原理的には誰にでも再現出来るものだ。

 ただ、魔王ちゃんは器用で何でも出来て、その上とんでもない努力家だったというだけの話だ。


「私たちは、魔王ちゃんの努力におんぶに抱っこだった……。だからこそ、今、私たちも努力しなくちゃいけないって思うの……。僅かな可能性を追う努力を……」


 その言葉にウンディーネが続く。


「私は……前の世界のことは何も覚えていません……。魔王ちゃんという人のことも忘れてしまいました……。だけど、私は魔王ちゃんのことを思い出したいです。なんで魔王ちゃんが私たちに、自分のことを忘れさせたのか、全然意味が分かりません……」


「俺もだ。たとえそれがどんな嫌な記憶だろうと……それは俺の糧だ。どんな記憶だろうと、俺は前向きにいたいと思う」


 ノームの言葉を聞き、サキュバスは目を見開いた。


 彼は前の世界ではシルフィを殺されたことで人族を強く憎んでいた。

 かつての彼なら、きっとこんなことは思わなかっただろう。


 彼が今こんなことを言ったのは、みんなで集まって、一度頭を冷やして冷静に考えたからだ。


「そうだ……もっと考えないと……。もっと話し合って、もっといい方向に話を進めないと……」


 自分で言っていて、サキュバスはさらに気付く。


 どうしてこんなことになったのか。

 魔王ちゃんほどの人が、なぜこんな結末にしか出来なかったのか。


 それは、魔王ちゃんがみんなと話し合わなかったからだ。

 もっと魔王ちゃんがみんなを信用して、計画のことをちゃんと話していれば、もしかしたらもっと良い結果になっていたかもしれない。


 自分でも分かっている。

 現実がそんなに簡単じゃ無いことは。

 いつも良い方向に進むだけじゃなくて、余計なことをして悪い方向にも転がるということは。


 だけど、少しくらい……ほんの少しだけ夢を見てもいいはずなんだ。

 過酷な現実と向き合うために、ほんのちょっとの夢があっていい。


「みんな、やりたいことってある?」


 サキュバスは出し抜けにそんなことを言っていた。

 自分でも何を言っているのか分からず、補足のために変な言葉が連なっていく。


「これが終わったら、この戦いが終わって、全部解決した後のこと……。みんなは、何かやりたいこととかあるのかなー、なんて……」


「私は浜辺にパラソルを差して、日陰で贅沢に本を読みたいな」


 シルフィがそんなことを呟く。


「本は日焼けが天敵なんだ。だけど、そんなことも気にせず、燦々と太陽の照った白いビーチで、思う存分に本を読む。どうかな、かなりの贅沢だろう?」


 シルフィの言葉にアズサとウンディーネが苦笑いする。

 その贅沢は二人にはよく分からなかったらしい。


「それなら私、スイカ割りがしたいです! 死々繰で大きく育てたスイカを持ってきて、そのビーチで、みなさんの剣技をスイカにぶつけるんです!!」


「ふっ……なんだそれは……。あはは、ハハハハハ!!!」


 ウンディーネのやりたいことに、アズサが吹き出した。

 何がツボにハマったのか分からないが、術式を書きながら笑っている。


 彼女にムッとするウンディーネの横で、ノームが手を組んで話し出す。


「俺はお前たちと一緒ならなんだって楽しいが……だが、強いて言うなら……浜辺でヤシの実を搾って、果肉の汁を飲みたいな。ストローを刺したり真っ二つにするのもいいが、どうせなら豪快なほうがいい」


「あ、それ少し分かるかも! なんていうか、無駄なことするのって気分が良くなったりするよね!」


 泣いていたシューニャは目の端を擦りながらノームに同意する。


 気が付けば、そこにいた全員がこの戦いの後に何をしたいかを語り合っていた。

 まるで昔からの友達同士のように、記憶が消えたとは思えないほど、それは楽しい時間だった。


「サキュバス」


 ふとアズサが声を掛けてきた。

 彼女は赤い瞳でニッと笑い、飲み物をこちらに投げ渡してきた。


 サキュバスはその飲み物をキャッチし、アズサのほうへ顔を上げる。


「震えは止まったみたいだね」


 そう言われ、サキュバスは初めて自分の気持ちが楽になっている事に気付いた。


 友達とこれから先のことを話した。

 ただそれだけのことで、怖い気持ちは軽くなったのだ。


「……そうだね。ありがとう、みんな!!」


 サキュバスはすっと立ち上がり、その場のみんなを見渡した。

 教徒たちもサキュバスのほうを見て微笑んでいる。

 この戦いの中のほんの一時の憩いの時間が、サキュバスに勇気を与えてくれた。

 そして、大事なことを気付かせてくれた。


「みんな、改めて、友達になろうー!!」


 そう言って、サキュバスはアズサとウンディーネの手を取る。

 アズサとウンディーネはシルフィとノームの手を取り、そこに信徒たちも加わり輪が広がっていく。


「というか、私たちはもう友達だと思うけどね」


「あ・ら・た・め・て! 恥ずかしいの我慢して頑張ったんだからー、野暮なことは言わないのー!!」


 シルフィのツッコミにサキュバスは赤面しながら言った。


 サキュバスは魔王ちゃん以外に興味のない魔物だった。

 でも、彼女はこうして魔王ちゃん以外の他の誰かとも一緒にいたいと思えた。


「この輪に、あっちの軍の人たちも入れたい……。いいかな?」


「私は構わないよ」


「シルフィに同じく」


「大いに賛成だ」


「めちゃめちゃに良いことだと思います!!」


 綺麗事だとは分かっている。

 人が沢山死んでいるのだ。


 だけど、


「それでも辿り着ける1パーセントがあると信じたい」


 この復讐(リヴェンジ)計画は、今までの残酷、過酷、悪意に対する復讐(リヴェンジ)だ。

 乗り越えられないと思ったものを、無理矢理にでも乗り越えてみせる。


 魔王ちゃんが最後の最後に諦めたものを、今ここで、みんなで達成するのだ。

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『Mephisto-Walzer』

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