愛の術式
ぎこちなく伝えた言葉が、強がりも飾り気もない本心が、アズサが本当に言いたかった言葉だった。
それは酷く不格好で、カッコいい言葉とは到底言えるようなものでは無かった。
シルフィがよく使うような、本から引用した言葉ではなく、他人に威圧感を与えるよう計算されたモノ言いでもない。
彼女が命を賭けて戦い抜き、彼女に言いたかったことは、たったこれだけのことだったのだ。
「シルフィ……会いたかった……っ!! 会いたかったんだよ!!」
痛いほどに強く彼女を抱き、自分がどれだけの悪人なのか、何をしてきたのかも知りながら、それでも彼女のことを離せずにいる。
そんな自分の中の矛盾が冷たく刺さり、だけど想いだけは熱く溶けて、どうすることも出来なかった。
「大丈夫だよ、女神さん。私はずっと君の傍にいるから」
シルフィは、彼女のことを優しく撫でた。
彼女だって、やりたくてやったことではなかったのだ。
彼女がこれだけの葛藤を、これだけの苦悩を背負ったのは彼女の心が悪に染まったわけではないからだ。
「それに、もう贖罪はしたはずだ……」
シルフィは罪魔教の教祖・サキュバスのほうへと視線を向ける。
サキュバスは静かに頷き、それを見ると、シルフィはアズサのほうへと視線を戻す。
「私たちの罪を償ってくれた人を、これから助けに行くんだろう?」
その問いにアズサは頷き、真っ赤になった目の端を拭う。
「そうだ。……シルフィ、これから私はレーゼンアグニの術式を解析して、復讐計画用の術式を再構成する。だけど……見れば分かる通り、この聖剣の術式は膨大だ。まともに全部解析しようとしたら一生かけても終わらない。だから必要な術式に目処を付けて、候補を絞り込んでから解析しなくちゃならない」
アズサの説明にシューニャが割り込む。
「その絞り込みの作業をこの子と私、つまり女神と破壊神で担当する。術式を読むくらいならあなたにも出来るでしょう?」
「死々繰計画の基礎設計をしたのはシルフィだ……。だから、この術式を作るにはシルフィが一番の適任者なんだ」
アズサとシューニャがサキュバスへと視線を向ける。
サキュバスはローブの中から一枚の巻物を取りだし、それを地面に広げた。
「私が作ってた術式をそこに書き写しておいたからーそれを完成させて欲しいんだー。完成度は50パーセントくらいかなー?」
シルフィは巻物をざっと眺めると、うーむと唸りながらサキュバスを見上げて言った。
「これは酷い。君は素人なのか……?」
「あ、あははー……。私ー、剣術担当だからなー……」
シルフィはすぐ傍にいた信徒からペンをもらうと、巻物になにやら斜線を引いたり記号を書き込んだりし始めた。
「女神さん、破壊神さん、レーゼンアグニの解析を頼むよ。私はその間にこの術式を最適化しておく。たぶん発動プロセスを十段階くらいは短縮出来るはずだ」
「十段階も……」
サキュバスはしゅんとしながら三人の作業を眺めている。
「でも」
シルフィは巻物に書き物をしながらサキュバスに言った。
「この術式からは愛が伝わってくる」
サキュバスは苦笑いし、それからその場にいたウンディーネやノームたち、その他の信徒たちにそれぞれ指示を出し始めた。
サキュバスは元々体内魔力量の少ない魔族だ。
だから使える魔法も自らに最適化した真我乖離しかない。
魔法の勉強をしたのはずっと昔のことで、それっきり魔法については諦めて体術のみを極めてきた。
だから、その術式から愛が伝わるのは当然のことだろう。
「私は剣術担当"だった"からね……」
彼女にも、あれから色々あったのだ。
罪魔教の教祖として、リーダーとして動く必要があった。
今回の作戦のために、過去の記憶を参照してアサルトバンカーを自力で開発した。
あのニシンバゲットサンドを作ったのも自分だ。料理は下手だったから、信徒を何度も腹痛に追いやったりもした。
術式作成もそのうちの一つだ。
「魔王ちゃんって、こんなに凄かったんだなー……」
サキュバスは夢の中で無限の時間を使うことが出来た。
だけど、魔王ちゃんは限られた時間の中でこれら全部をどうにか仕切っていたのだ。
だから、やってやれないことなど何もない。
サキュバスはレイピアを引き抜き、その刃を天高く、燃ゆる太陽に翳した。
魔王ちゃんの作るスパークレイピアが恋しいが、今はこの自家製のレイピアで我慢する。
遠くに魔法の輝きが煌めいた。
戦いはまだ終わらない。
まだ始まったばかりだ。




