友達だから
「あわわ! あわわわわ!! やっちゃいました! やっちゃいましたよぉ……っ!!」
建物の上で、ウンディーネが青ざめた顔でシルフィにそう言う。
対してシルフィはウンディーネのアサルトバンカーの点検を済ませ、にこりと笑う。
「女神さんの頼み事だ。私たちは信じて手を貸すだけだよ。友達だからね」
「で、でも……こんなことして本当にいいんでしょうか!?」
「ダメかもしれないけど……でも、女神さんがあんなに必死に話してるとこ私は初めて聞いたから」
シルフィの言葉にウンディーネは黙り込み、それからそっと頷いた。
「女神さん、シルフィと会った瞬間号泣してましたからね……。嘘は言ってないと思います」
「友達の頼みなら信じて手を貸すのが私の主義だ。それに、この作戦は私は好きだよ。死者は一人も出ていない」
街の大混乱を見渡し、シルフィはニッと笑う。
そろそろアズサが配っているニシンバゲットサンドが完売した頃だろうか。
「さあ、行こう。レーゼンアグニは破壊神さんが運んでいったはずだから」
シルフィとウンディーネはアサルトバンカーを使って建物から建物へと跳び移り、王都アルカディアを後にした。
去り際に見た光景は、怒声を上げる王立騎士団長の姿、魔道士がこちらへと放つ魔法の輝き、猫と戯れる赤髪の剣士の姿だった。
三時間ほどアサルトバンカーで跳び続け、シルフィとウンディーネは所定の場所で他のメンバーたちと落ち合った。
後からアズサも合流し、奇襲作戦の参加者は全員無事が確認された。
「女神さん、無事でよかった」
「まあ、食べ物を配っていただけだから……」
アズサは少し顔を赤くしながら、ごにょごにょと言葉を濁らせる。
そこへサキュバスが二人の間に割り込み、ニヤニヤとアズサの顔を見詰めて言う。
「あれあれ女神ちゃ~ん? なんだか口調が安定しないみたいだけどー、どうしたのかな-?」
「う、うるさい!」
アズサはサキュバスを押し出し、それからシルフィのほうを見てもじもじとする。
対してシルフィは何も言わずアズサの言葉を待つ。
「これは、その……前の世界の私と、今の私が混同していて……。その、口調が……どっちで話すべきかって……」
その姿を見てサキュバスは相変わらずニマニマと笑っている。
かつてサキュバスが敵対していたシルフィ……つまり、今のアズサはシルフィを失ったことであのような口調、つまり人格を形成していた。
そしてこちらの世界のアズサは、シルフィの死を経験する前の純然たるアズサであり、シルフィの真似をしていた前の世界の彼女とは喋り方も違う。
つまるところ、アズサは恥ずかしいのだ。
前の世界でシルフィの真似をしていたことが、本人の前でその口調で話すことが……。
「いいよ、女神さんの話したいように話してくれて」
シルフィはそう言い、ゆったりと彼女に微笑みかける。
「私は女神さんの、本当の話し方が知りたいな」
アズサはシルフィの微笑む顔を見て、顔を真っ赤に染めた。
それを見てサキュバスはアズサをからかおうとするが、隣にいた破壊神に止められる。
アズサはゆっくりと視線を上げ、シルフィと目を合せる。
「わ、私の本来の話し方……か。はは……難しいな……。本人の前でこういうのは……」
そう言って、アズサは自分自身が何者なのかを思いだそうとする。
彼女には三つの自分があった。
シルフィとであったばかりの、冥界から地上界へと降りたばかりの頃の自分。
シルフィと友達になり、そして失い、彼女を模倣してきた前の世界の自分。
アズサとして、魔王ちゃんの造った新世界の中で平和に生きる自分。
その中で最も辛く厳しく、自らを自らと実感していたのが、シルフィを模倣し、その上で悪事に手を染めた自分であった。
アズサは胸に手を当て、苦しげに告白する。
アズサは、シルフィの身体を借り、模倣し、そしてあれだけの虐殺行為に及んだのだ。
だから、魔王ちゃんの贖罪を受けてなおその心の中に罪は残っている。
「私は……もっと善い方向に自分の力を使えるはずだった……。シルフィ、ノーム、ウンディーネ……私は君たちの死々繰を使って、みんなの世界を破壊し苦しめたんだ……。シルフィ、君はずっとこう言っていたね。この力を使って世界中の食料問題を解決したいと。前の世界でも、今の世界でも……。私はそれを悪用した……。"人がおのれの持つ力によって、世のために尽くすのは、何よりも美しいつとめであろう"……そう分かっていたはずなのに、私はどうしようもない愚か者だった……。弱くて、臆病で、理不尽で……」
アズサは震える声でシルフィに懺悔する。
彼女のことを誰よりも貶めたのは自分だ。
彼女の努力を、間違った方向に使ってしまった。
多くの人を無為に殺して、酷い不幸を世界に撒き散らした。
きっと自分はあの世界で誰よりも邪悪だったに違いない。
それを、大好きなシルフィに自らの口で伝える。
ずっと一緒にいたかった人。
ずっと会いたくて、手を伸ばし続けてきた相手。
だけど、実際に会ってみれば、自分は彼女とまるで釣り合わない。
底なしの善意を持つシルフィに、弱く、残酷で、冷酷無比な、どこまでも偽物の自分。
「私は、ずっとシルフィが眩しかった……私の目標だった!! 私は何も出来なくて! だけど、シルフィは頑張ってて!! だけど、いつの間にかそんなことも忘れて!! 私はシルフィを貶めた……。ごめんなさい……ごめんなさい……」
アズサは涙を溢し、肩をふるわせながら言葉を紡いでいく。
「私は、シルフィに相応しくない……。私はシルフィになりたかった……私は、ずっと……」
そう言いかけて、ふとシルフィは自分の唇に彼女の指が触れているのに気が付く。
シルフィは優しく微笑み、首を左右に振った。
「ありがとう、女神さん。本当の気持ちを聞かせてくれて」
その言葉に女神は涙をぽろぽろとこぼし、言い訳の言葉を紡ごうとした。
だけど、その言葉を紡ぐことすらおぼつかない。
幾つもの感情が胸の中で暴れ、それが上手く言葉にならない。
シルフィは女神の頬にそっと触れ、自分の気持ちを彼女に伝える。
「女神さん。友達に相応しいとか、相応しくないとか、ないよ。それに女神さんの生きてきた世界も人生も、私の想像を遥かに超えたものだと思う。それは、女神さんの話を聞いていれば私にだって分かること。"この旅の人は立派なお人だ。その運命は破滅そのものだが、わたしどもの助けを受ける値打ちがある"……。女神さん、女神さんの人生はバッドエンドじゃないよ。だって、私がいるんだから。女神さんがどれだけ苦しい状況でも、どれだけ悪いことをしてしまっても、私はずっと女神さんと一緒にいたいって思う。だから……」
シルフィは涙ぐんだ顔で、真っ直ぐに女神の瞳を見詰めて言った。
「前の世界では、死んじゃってごめん。一人にして……ごめん……」
それを聞いて、女神は、アズサは、シルフィは……耐えられなかった。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、子供のように泣き崩れた。
シルフィは彼女を抱き、その背をさする。
彼女はずっと、かなしかった。
シルフィとずっと一緒にいられると、ずっと無垢に信じ切っていた。
それなのに運命は残酷で、二人は別れ別れになってしまった。
だけど、今こうして二人は本当の意味でもう一度出会い、互いの想いを伝え合った。
「シルフィ……! 会えてよかった……っ! もう一度、会えると思ってなかったから……っ!!」




