奇襲作戦
暗闇の中、三人の少女たちが互いの顔を見合わせる。
そして三人は黄金の槍を背に、真っ直ぐに暗闇を見据えた。
次々に灯っていく松明の明かりが、その場にいる全ての面々の顔を照らし出していく。
「時は来た」
飴色の松明の淡い光に照らされながら、信徒たちを前に、三人のうちのひとりが厳かに歩み出た。
彼女の髪は錆色に、瞳は凍てつく湖の青に染まっている。
しかし、彼女の心は錆び付いてはいない。彼女の祈りは凍てついてはいない。
少女は両手を広げ、そして空を見上げる。
その向こうにいる彼女たちの"目標"に自分たちの声が届くように祈りながら。
そして、覚悟を決めた瞳で一同を見渡し、口を開き言葉を紡ぎ出す。
「これより本作戦の……復讐計画の作戦概要を通達する──」
――王都アルカディア
――大通り前
「クソ! どけッ!!」
シアンはざわつく民衆を掻き分けながら、頭上を往く無数のワイヤーの群れを見上げて奥歯を噛んだ。
ワイヤーの後端には何やら特殊な機材を装備した罪魔教の黒のローブが、シアンたちを嘲笑うかのように悠々とはためき、超高速でアルカディアの城壁のほうへと跳んでいく。
あの罪魔教の信徒たちのうちの一人がレーゼンアグニを持っているのだ。
国宝を、人類の希望の象徴を……今まさに盗まれようとしているのだ!!
シアンは人混みに押されながら、背後に響き渡る謎の声に視線を向けた。
「みなさ~ん! とっても美味しいお料理はいかがですか~!? 今ならなんと! パルパ半島でも大人気の特製ニシンバゲットサンドを先着千名様に無料でご提供しちゃいま~す!!!」
「えぇええっ!?!? あのパルパ半島で有名なニシンバゲットサンドがこんな場所で!?!?」
「そうなんです! 実は本日限定で出張販売中なんですよ~?」
「うぉおおおお!!! どけどけぇ!! 俺はわざわざパルパ半島まで足を運んで三時間並んで待って、それでもあのニシンバゲットサンドは食えなかったんだぞ!! あれは俺が食うんだぁあああ!!!」
「わ、私も食べたい!! ひとつください!!」
「俺も!!! 俺にもひとつくれぇ!!!!」
シアンは黒衣の女が掲げたサンドイッチを睨み、怒りに任せて声を張り上げた。
「この人混みの原因はアイツかッ!!!」
「あ! シアンシアン! あれたしかパルパ半島で罪魔教が営業してる超人気店の大人気メニューだよ!!」
カンナが目を輝かせながら解説を始めるが、そんなことは今はどうでもよかった。
「知ったことか!! メチル、プリズムバーストで奴らに威嚇射撃しろ!!!」
「で、でもこんな場所でやったら市民の反感を買うんじゃ……」
「他に方法があるのか!? 聖剣レーゼンアグニが奪われたんだぞ!!」
「わ、分かった……」
メチルは背負っていた杖を人混みから何とか手元へと引き寄せると、それを天高く頭上へと構えた。
これはあくまで威嚇射撃。威力を落とし、見た目だけ派手に調整して……。
「プリズムバースト・ファイアワークス!!!」
無数の閃光が空高く弾けた。
魔法の音に群衆たちは驚き、シアンたちのほうへと視線を向けた。
「王立騎士団だ! 道を開けろ!!」
なんとか人混みを掻き分け大通りの混雑から抜けたシアンたちの前に、一人の少女が立ちふさがった。
「貴様……眠り姫!!」
「ふふふー……どうかねー諸君-? サキュバスちゃんが頑張って練習してニシンバゲットサンドは美味しく召し上がってくれたかなー?」
「食べるわけないだろう!!」
「道を開けろ……。今はお前の相手をしている場合じゃない」
「ふーん? でもまあ、確かにあなたの言ってる通りかもねー?」
刹那、シアンたちは頭上の影に気付く。
建物の屋上から、何か袋のようなものがこちらへと投げ落とされた。
シアン、メチル、カンナは剣撃と魔法によってその袋を全て両断し、次の瞬間、破れた袋から謎の粉が溢れシアンたちを呑み込んだ。
「なんだこれは……まさか爆薬……」
「そんな危ないことはしないよー。ま、私の相手はまた今度になると思うけどねー」
「待て! お前は一体何を……」
サキュバスはニヤニヤしながらその姿を現実世界から眩ませ、残されたシアンは罪魔教の後を追おうと粉の山から咳き込みながら脱出する。
そして、彼女たちは異変に気付いた。
足元に一匹の子猫がすり寄ってきた。
何か嫌な予感に襲われ、シアンたちは辺り一帯をゆっくりと見渡し、自らに纏わり付いたこの粉の正体を即座に理解する。
街中の猫たちが目をハートにしてシアンたちのことを見つめている。
そして、おそらく次の瞬間には……。
「まさか、アイツ!!!!」
頭上の建物からこちらを見下ろす罪魔教信徒が、青い瞳をニッと歪めてこう言った。
「名付けてマタタビ作戦だ……」
刹那、無数の猫たちがシアンを目掛け飛びかかった。




