魔王ちゃんと銀翼竜と炎 その二
「――ッ!?」
前後からの対処に間に合わない。
辻斬りナイフで後方の火消し自体は可能――、しかし前方からの銀翼竜の突撃をやり過ごすためには上方もしくは左右への回避でしか対応できない。
抱きついてきた魔王ちゃんを振り払うしか――
「ごめんサキュバスちゃん!! 下位魔導波ッ!!」
刹那、突き放されるサキュバス。
ネメスから放たれた魔力の波動。
体内魔力そのものを放出する非殺傷の風。
サキュバスは吹き飛ばされた先で体勢を立て直し、銀翼竜とぶつかり合うネメスを瞳に映す。
後方からの炎は魔導波で掻き消したらしい。
「魔王ちゃん!!」
「サキュバスちゃん、殺すのは駄目だよ」
ネメスは荒れ狂う竜の猛撃を素手で受け止め、炎魔法の予備動作を魔導波で打ち消す。
「サキュバスちゃんさっき自分で言ってたよ……。この子は自分の主を失って、ずっと一人でこのダンジョンを守り続けていたって……だったら!!」
銀翼竜の鉤爪を受け流し、噛みつきに来た上顎を右手で、下顎を左手で受け止める。
「殺しちゃ駄目だよ!! この子は悲しんでる……苦しんでる……!! それなのに殺すなんて、絶対にダメ!!」
魔王ちゃんは下位魔導波で銀翼竜を吹き飛ばし、壁に刺さったスパークレイピアに視線を移す。
魔王ちゃんの現状のレベルは15。
これ以上別の武器を生成すれば、体内魔力の消失からレベル14へと低下する。
対して銀翼竜のレベルは27。
種族の地力まで含めて考慮しても、これ以上の魔力低下は抑えたい。
スパークレイピアは高圧電流を流す非殺傷性兵器。
つまり、あれを抜き取って、上手く使えば殺さずに済む。
ネメスは銀翼竜の炎を躱しながら走り抜ける。
(殺しちゃ……ダメなんだ……)
今まで、勇者シアンとの戦いばかりに気を取られていて周りのことが見えていなかった。
「私は……」
何度も勇者に殺されて、何度も痛い思いをして苦しんできた。
敵の攻撃が怖い。
痛い思いをするのが怖い。
魔法や剣を見ただけで心が竦む。
だけど、そんなことではいけない。
「私が……」
どんな思いでここに降り立ったのか。
人族と和平を結び、領域戦争を解決して、みんなが笑って暮らせるような、そんな世界にしたかったからだ。
それなのに、目の前の悲しむ相手一人すら救えないようなら、最初からそんな夢は嘘っぱちだ。
魔王失格だ。
「――ッ!!」
レイピアのもとへと辿り着き剣を抜き取ると同時、背後から迫っていた炎が風の刃に断ち切られる。
振り返ると、サキュバスがナイフを振り抜いていた。
「サキュバスちゃん、ありがとう」
「どういたしましてー。まあ、あとは魔王ちゃんが好きなようにしなよー。私は死なない程度に付き合うからさー」
サキュバスは二っと笑い、その笑顔にネメスは頷く。
「私は魔王――魔王ネメスだ。だから、この子にも悲しんで欲しくない。この子も笑って暮らせるような世界じゃなきゃ絶対に嫌だ。だから……」
レイピアをかざし、猛り狂う銀翼竜に対峙する。
「少し痛いのは我慢してね」
痛みについては誰よりも深く知っているつもりだ。
身体の痛みは時とともに自然と癒えることも。
だけど心の痛みだけはいつまでも残り続ける。
だから、誰かがそこに寄り添わなくちゃいけない。
そうしないと、この子はいつまでも苦しいままだから。
「私は魔王。魔族の王だ! あなたの心の痛みも理解してこそ! 行くよ、銀翼竜さん!! 魔王ネメスが、その苦しみを破壊する!!」




