サキュバスちゃん、アズサを拉致する
サキュバスがアズサを突き放すと同時、刃が空を舞った。
「ひっ!」
アズサは無数の刃の群れの中を必死に走り、表通りのほうへと向かう。
魔法の流れ弾が目の前のゴミ箱を破壊し、バラバラと鶏の骨が舞う。
「あ、ぁ……」
思わず尻込みしたアズサは、罪魔教の教祖と王立騎士達のほうを振り返る。
栗毛の騎士が杖を構え、虹色の輝きを放った。
光は敵へと直進し……。
「ッ!!」
レイピアの薄い刃がその光を裂き、続いて襲い来る刃の群れをいとも容易く逸らしていく。
背後からの少女の鉄剣を躱し、その腹に回し蹴りを叩き込み、後頭部に手刀を叩きつけ、意識を奪う。
「なんなの……あの人……」
僅か数秒の間に、高密度の攻撃を難なくやり過ごし、リーダー格の一人を無力化。
しかもあれだけの威力の魔法をたった一本の細身のレイピアで斬って裂く、剣の技術……。
ただのカルト教団の教祖として見るには、その戦闘技能はあまりにも桁外れのものだった。
「あーあ、つまんないな-。本当につまんないよー」
彼女の声に疲労の色はなく、息切れのひとつもない。
あれだけの猛攻をたった一人でやり過ごした罪魔教の教祖は、三人の騎士に背を向け、アズサのほうへと歩み寄る。
「ッ! 待て!!」
「なに? もう全部終わったよ-?」
叫ぶ魔法使いに対し、彼女は振り返らない。
魔法使いは隣の剣士と目を合せ、それぞれの得物を構え、言い放った。
「まだ終わっていない……。僕たちは――」
「そうかな-? その武器、もう切れてるけどー」
その言葉に、その光景に、アズサは心臓が凍ったような感覚に襲われた。
サキュバスがそう言った瞬間、二人の担う武器に無数の切れ込みが浮かび上がる。
杖は立方体のブロック状に崩れていき、剣は全て三つに折れ、持ち手の部分だけが原形を残している。
まるで工芸品のように、最初からそのように作られたかのように真っ直ぐで歪みのない断面が、月明かりを受けて、まるでアクセサリーのように輝いていた。
教祖は騎士たちに構うこと無くアズサの前まで歩いて来ると、ゆっくりと手を差し伸べて言った。
「大丈夫? 立てるー?」
「な、なんですか……。なんで、私を連れていこうとするんですか……」
「詳しい話は後で話すよー」
「今、話してください……!」
「それは無理かな-。だって……」
サキュバスは背後を蹴り上げる。
その脚は彼女に掴みかかろうと距離を詰めていた騎士の鳩尾を抉り、続くレイピアが上空からの奇襲を弾く。
着地した剣士のナイフと複数回切り結ぶと、隙を見て剣士の肩をレイピアで抉り、痛みによろめいたところを同じように腹を蹴り飛ばす。
砂埃を上げながら転がり壁にぶつかった剣士は苦しげに藻掻き、魔法使いは気を失っている。
「横隔膜を痙攣させた。しばらくは呼吸出来ないけど、数分で戻るから、安静にしてなー?」
無力化した三人を尻目に、サキュバスはアズサのほうに視線を向けた。
「ここで話すのは少し難しいからさ-。まあ、嫌って言っても無理にでも連れて行くけどねー」
そう言ってサキュバスはアズサの頭を掴む。
そしてその頭を地面に向かせ、左手の手刀を振り上げた。
そしてアズサの視界は暗転し、まどろみの中へと溶けていく。
「ごめんね-。でも、必要なことだからさー」




